No.104




すぐにビールジョッキがパウリーの前に置かれた。


「えっと、じゃあ、……乾杯?」

「……おう。おつかれ。」


私が自分のジョッキを持ち上げると、そこにゴツンとパウリーのジョッキがぶつけられた。
私のジョッキは、とぷん と中身が揺れ、パウリーのジョッキからはビールが零れた。
あーあー、とカウンターの中に手を伸ばし、ブルーノに手を上げて合図をしながらダスターを取った。


「もったいねえ!」

「じゃあ、口開けて。口の上でこれ絞ってあげる。」

「あほか。」


カウンターに零れたビールを拭くと、自然と軽口が飛び出した。


「また何で負けたの?ヤガラレース?」

「ばっか!俺は負けてねえよ!予想が少し外れただけだ。」

「それをギャンブル界では負けたって言うんでしょ。」

「……ちっ。ギャンブル界ってなんだよ。」

「そもそも、店に入ってきた時に負けた負けた―って言ってたじゃない。」


久々のやり取りが嬉しくて、楽しくてくつくつ笑う。
彼に会うのにあんなに緊張していた私は一体なんだったんだ。
会わないようにしたり目なんか逸らしちゃって……さっさとこうやって話せばよかった。


「おまたせ。」

「わぁい。」


ほくほくを湯気を上げるフィッシュアンドチップスが私とパウリーの間に置かれる。
歓声を上げ、粗挽きのソルトとモルトビネガーを振りかけた。


「タルタルねえのかよ。」

「なんで私の注文をパウリーの好みに合わせるの。」

「おいおいおい、魚のフライはタルタルだろ?」

「私は今日はビネガーなの。」

「ブルーノ!タルタルソースくれ。」

「いらないってば!……あー、もう!お皿にかけないで!自分の分だけつけてよね。」


そもそもこれは私の注文だし、私が払うんだろうし、自分の分ってことも無いのだが。
私よりも先に魚のフライに手を伸ばし、しかも一番大きな切り身にかぶりついたパウリーを横目で睨む。
私も熱々のそれにかぶりつく。
口の中が火傷してしまいそうなくらい、揚げたてだ。
ふんわりとした淡白な白身魚にビネガーの酸味と岩塩のまろやかな塩気が合っている。
あつあつ、と言いながら火傷一歩手前の口の中にビールを流し込んだ。
隣を見ると、同じように食べたパウリーが目を瞑って天井を仰ぎ「くぅーうめぇー」と悶えていた。

家での寂しい食事を切り上げて、飲みに出てきてよかった。
偶然パウリーと会えたし、なんだか元通りに話せてるし、誰かと摂る食事の方がやっぱり美味しい。
パウリーが来たからか、フィッシュアンドチップスが揚げたてだったからか。
おそらく両方の理由でビールが一段と美味しく感じた。

−−


「ねえ、これ今までの全部貯金してたらパウリー今頃大金持ちだったんじゃないの。」

「うっせ。言うな。それにそんな詰まらねえ金持ちならならなくて結構だ。」

「ふーん。」


パウリーのポケットから出てきたヤガラレースの外れ券をトランプのように目の前に広げながら言うと、大きな手が伸びてきて私の手から抜き取るように全部取り上げられた。
パウリーが咥えていた葉巻の先にハズレ券を押し付け、小さく煙が上がった所でまとめて灰皿の上に置く。
それらは小さく燃えながらジワリジワリと黒い炭に変化していった。
全部炭になって、葉巻の灰と同化したのを見届けて、ビールを飲みながら何気なくカウンターの中へ目を向ける。
パウリーが来たことでブルーノは私の相手をやめ、今はカウンターの一番端に居る初老の紳士と昨日のニュース・クーの新聞を広げながら何やら話をしていた。


「なんか、いつも通りだな。」


ふいに隣から聞こえた言葉に、パウリーに視線を向けたついでにピスタチオを口に放り入れた。
横目でパウリーを見ながら首を傾げると、彼も新しい葉巻を咥えながら同じように首を傾げた。


「いや、さ。なんか最近話しかけづらかったっていうか。ぎくしゃく?屋上でも会わなかったしよ。」


ぎくしゃく、と言いながら広げた手をふわふわと振った。
彼の言葉に、ああ……と視線を逸らす。


「ごめん。避けてた。……なんか、話しかけづらくって。」

「やっぱりか。」


苦い顔をしながら答えを返すと、パウリーも苦笑いをした。
歯の隙間から煙を吐き出すと、なんで?と問うように私を見る。


「前、皆で飲んだ時。」

「……おお。」

「なんていうか、あの時、私の事心配してくれてたのに、なんか、悪かったなって。」

「なにが?」

「……何がっていうか……うーん。」

「……。」


言い淀みながら、ジョッキを両手で包む。
結露したジョッキの表面が私の手の平を濡らした。


「ルッチさんの事も……パウリーにはちゃんと話したかった。」

「ああ。」


ぷつぷつと黄色い液体の中に小さく上がる炭酸の泡を見つめながら話す。
ふぅー、と隣で吐かれた煙が視界を僅かに白くした。


「でもまぁ、お前今幸せなんだろ?」


その言葉に、顔を上げてパウリーを見る。
私と目が合ったパウリーは僅かに口元に笑みを乗せて眉を上げた。


「一緒に住み始めたらしいじゃねえか。俺はあの男との同棲なんて信じらんねえけど。」

「……まぁ。」


曖昧に頷くと、大きな手の平が私の頭に乗せられた。
ごしごしと擦るように力強く撫でられ、私の頭はがくがくと前後に揺れた。


「じゃあ、いいじゃねえか。な?」


葉巻を歯の端で噛んだままニカッと笑顔を見せられ、私もそれにつられて微笑んだ。


「ほら、遠慮しねえで食え食え、ポテト。」

「ああ、うん。私の注文だけどね。」

「かてえこと言うなよ。俺、今日負けて金ねえっつったろ?」

「……。」

「ブルーノ、ケチャップ―。あ、マスタードも!」

「はいよ。」


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