No.105




「本当にいいのか?結構暗ぇぞ。」

「大丈夫大丈夫。来た時も一人で来たけどなんにもなかったし。」

「……でもよ。」

「近いし。」


家の前まで送るというパウリーに首を振った。
パウリーは、そこの角を曲がったら私の家とは逆方向なのだし、家まで送ってもらうのは流石に申し訳ない。
それでもと食い下がるパウリーのお腹のあたりを両手で押さえて押し留める。
彼は流石に諦めたように足を止めた。


「本当に、気を付けて帰れよ。」

「うん。」

「人通りも少ねぇから。」

「わかってるって。」

「酔ってねえよな?」

「ません!」


心配そうな声を出す彼に、力強く答える。
それでも不安そうな彼が可笑しくて、くすくすと笑い声が漏れた。


「どうしたの、心配性になっちゃって。今までそんな事言ったことないじゃない。」

「だって……お前も女だろ。一応。」

「あ、そうなの。やっと気づいてくれた?」


あははは、と笑いながら返すと、パウリーが少し眉を顰めて頭を掻いた。


「大丈夫だよ。急いで帰るから。」

「おう、そうしろ。」

「じゃあね、また明日、会社で。」


私が片手を上げて言うと、彼もようやく笑顔を見せた。


「おう、じゃあな。」


私も笑みを返し、立ち止まったパウリーを残して歩き出した。
数メートル歩いたところで振り返るとまだそこに居たパウリーに大きく手を振った。
パウリーもそれに片手をあげ、逆方向に歩き出した。


−−


夜も11時を回ると流石に暗い。
酒場以外のレストランもとっくに店じまいをしていて、電燈のついた建物が殆どない。
この夜道を歩くのに月明かりだけが頼りだ。

チヤプチャプさらさらと流れる水路も、普段は大好きだけど、なんだかこれだけ足元が暗いと少し怖い。
落ちたとなったら洒落にならない。
少し離れておこう、と水路の逆側を歩くことにした。

建物の壁沿いを歩きながら空を見上げる。
暗くなっただけあって、星が普段より沢山見える気がした。
でも、やっぱり人生で一番すごいと思った星空は、クザンに拾ってもらった無人島の星空だよなあ。
砂浜で寝ころんで見上げたあの日を思い出した。
星つながりで取り止めのないことを思い出しながらふわふわと歩く。

体の横を連なっていた壁がなくなり、細い路地を横断する。
そして、また建物の壁に沿って歩く。
何も気にすることなく、いくつ目かの路地に差し掛かった。


「!!!!」


急に何かに口元が覆われ、体が拘束される。

息を飲むのも、声を上げるのもままならず、何事か状況を把握できぬままに拘束された体は背後に引っ張られた。
訪れた暗闇に、唯一前方に今歩いていたはずの大通りが薄らと見え、ようやく自分が何者かに細い路地へ連れ込まれたのだと分かった。
分かったと同時に言い表せないほどの恐怖が襲い掛かる。
しかし声を上げようにも、口が塞がれ、「んむーんむー」と、こもった音しか上げられない。


「声をだすな。」


耳元で低い声が囁き、一気に鳥肌が全身に行きわたった。
暗すぎて顔も見えない、聞いたこともない声の相手に恐ろしさで体が硬直し、息を詰める。


「いい子だ。」


低い声が耳を擽る。
口元を覆っていた、おそらく相手の手のひらが外され、後ろから抱き着かれる形で押さえつけていた人物が私の前方に回った。
前方に回ったところで相手が誰かは当然わからず、寧ろ唯一視界に入っていた大通りの薄明かりが遮られ、私の視界は全くの闇になった。

怖い。

抱き着くように背後に押され、お尻が何か硬いものに乗り上げる。
思うように動いてくれない手で必死に触って確かめると、どうやら大きい木箱のようなものに座るような形になったのだと分かった。
木箱に乗り上げても、目の前の人物は私との距離を詰めてくる。

怖い。怖い。

相手の体と、私の膝がぶつかる。
邪魔だと言わんばかりに膝が開かれ、私の足の間に相手の体が入ってきた。
木箱の上で、ずりずりとお尻をずらして背後に逃げるが、相手との距離は開かない。
上半身をのけ反ると、体を支えていた腕を払われ、ドシンと音を立てて木箱の上に仰向けで倒れた。


「いたっっ。」


背中を強かに打ち、思わず声を上げるが、相手はそんな事を構う様子もなく覆いかぶさってきた。
はぁはぁはぁ。と相手の呼吸が荒くなり、生暖かい息が頬を掠める。

怖い。怖い。怖い。


「本当に、気を付けて帰れよ。」

「人通りも少ねぇから。」

「だって……お前も女だろ。一応。」







パウリー……。


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