No.108




手首を掴まれ、闇夜の中を引きずられるように歩く。


私は魂の抜けたような放心状態で、本当に文字通り半ば引きずられるように足を動かしていた。
まるで、頭と心と体の間で繋がっていた糸を切られてしまったように、頭で何か考えても心や体がそれに合わせて動くことがなかった。

チャプチャプと水路で水が流れる音だけが耳に入ってくる。
彼に掴まれている自分の手首だけを漫然と視界に入れながら、私の位置からは見える事の無い彼の右手を想った。


――彼が、人を殺した。


CP9である彼ら特有の体術に、そういうものがある事は知っていた。
鉄製の機械を使わずとも、指先一本あれば銃弾を撃ち込むのと同様の事が出来る。
刃物など使わずとも、彼らの長い足があれば鋭い切り傷を残すことが出来る。

出来る事は、知っていた。
知識として。
それを、目の当たりにすることは無かった。

私が見た事があるのは、ぜいぜい剃や月歩。
彼らが私に見せるのは、素人の私がわーすごい。便利だなー。と思える事だけだった。


彼に、指銃を使わせたのは、私だ。

私が大声の一つでも上げれば良かったのに、いざという時に、あんなに声が出せないとは思わなかった。
私が、何も傷つかなかったのは偶然だ。奇跡と言っても良い。
ルッチが来てくれなかったら、私は女性である事を一生後悔する結果になっていたことは明らかだった。


――殺しを、させてしまった。
――彼に、人を、殺させてしまった。


視線を落とすと、嫌でも靴に付いた赤黒い汚れが目に入る。
暗闇の路地で、倒れた人影の傍に広がる黒い水溜りがフラッシュバックする。


――彼に、人を、殺させてしまった……っ!!


叫びだしたい衝動に駆られるが、身体は脱力したままだ。
喉の奥で気持ちを抑え込もうとすると、じわりと目尻に涙が溜まったのが分かった。
途切れたと思っていた心と体のの間の糸はやっぱりかろうじて繋がっていたようだ。

浮かぶ涙を堪えようとすると、呼吸が震えた。
ルッチがそれに気付いたのか、私の手首を掴んでいた力を緩めた。
二歩ほど先を行く彼を見ると、顔をほんの少し横に向け、視線だけで私を振り返っている。
掴まれていた手を引くと彼の手は大きく緩み、手の平同士が触れ合った所で引く手を止めた。
そのままそっと私から手を繋いでも、彼の手はそれを拒むことはしなかった。

繋いだ私の指先を、彼の高い体温がじわりじわりと温めた。


「……ごめんなさい。」


私の声は小さく震えて歪んでいて、聞き取れる言葉になっていたかも定かじゃなかった。
私に合わせてゆっくりと歩いていた彼の足が止まる。
そして、一瞬の間の後、またゆるりと歩き出した。


「……それは。」


喉の奥から絞り出したような、掠れた唸るような声に、顔を上げる。
ルッチは、酷く困惑したような、何かを悲しんでいるかのような顔で進行方向をじっと見つめていた。


「……それは、何に対する謝罪だ。」


唯でさえ闇夜に溶けて行ってしまいそうだった彼の輪郭が、涙で滲み、もう視界にはぼんやりした影しか映っていない。


「……ごめんなさい。」


もう一度、同じ言葉を口にして俯くと、目から水滴がパタパタッと落ちた。
彼はもう返事を返すことは無く、私は繋いだ手を引かれながら、また、ただ漫然と足を動かした。


明日の朝にはきっと事件になってる。
明日、警察に出頭しよう。
私が、殺した。

私が、あの男を、殺したのだ。


正義である彼を、犯罪者になんか、しない。



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