No.110




彼の後姿を見送った彼女は、私の隣に座り、ソファーテーブルに蜂蜜色の液体の入ったマグカップを2つ置いた。

そして、私の肩を抱いて引き寄せる。
なされるがままの私の頭は、彼女の小さな肩に乗った。
抱かれた肩を摩られながら、彼女の呼吸のリズムを感じていた。

すん、と彼女が鼻を啜るのに合わせて頭を乗せていた肩が大きく動き、顔を上げた。
傍に在る綺麗な横顔を見上げると、彼女の長い睫には細かな雫が付いて、その上下を覆う白い肌は赤く痛々しかった。
米神を彼女のそれに合わせると、彼女の頬越しに私の頬も濡れた。
お互いがお互いを慰めあうような時間が過ぎた。

しばらくの後カリファが体を起こし、足を組み直しながら、ソファーテーブルのマグを手に取った。


「冷めるわ。」


はい、と手渡されたそれをゆっくりと口に含む。
大分時間が経ったように思われるが、それは十分まだ温かく飲む度胃からじんわり体が温かくなった。
何口かレモネードを飲み込んだ後、んん、と小さく咳払いをしてから、慎重に口を開く。


「……ごめんね。」


小さいが、ようやく声らしきものが出た事に安堵する。
ちら、と彼女の顔に視線を向けると、彼女は目が合った瞬間小さく微笑んだ。
さっきまで私の肩に置かれていた手が、ゆっくりと私の後頭部を撫でる。


「たくさん、心配かけて。」


今日の事だけじゃない。
あの、酒場での日から、いや、この島へ来てからずっと。


「……ごめんなさい。」


細くしなやかな手が、するりするりと私の髪を撫でる。


「……明日、警察に、行こうと、思う。」

「……なぜ?」


言うべきか口に下すまで躊躇われた言葉は、思いのほかすんなりと出てきた。
その言葉に合わせて私の髪をゆっくりと撫で続けていた彼女の手が止まる。
僅かに体を隣の彼女に向け、恐る恐る、その大きいけれど鋭さを持った瞳を見る。


「あ……あの、人が、死んだのは、私の、せいだから。」

「あなたのせいではないわ。」


しかし、理由を口にしようとすると、どうしても暗闇に倒れた人影を思い出さずにはいられず、声が震えた。
そんな私の言葉をカリファは一瞬の間も置かずに一蹴した。


「だって……ルッチさん、は、私を……、」

「ナツ。」


続けようとした私の言葉をカリファが遮った。


「たとえば、あの男を殺したルッチの罪を、貴女が被ろうとか、もしそういう事を考えているのなら、それは全く必要の無い事だわ。」


そして、ゆっくりと私の髪を撫でる手を再開した。


「だって、貴女は何の罪も犯していないし、」


そして、にっこりとほほ笑んだ。


「今夜起こった事は、事件にはならないから。」


意味が分からないと言うように彼女を見つめ返す私に、カリファは言葉を続ける。


「死体は今夜のうちに秘密裏に処理され、ルッチは何の罪にも問われない。……同時に死んだ男の罪も無くなってしまう事は腹立たしいけれど。」


最後の言葉を言いながら、カリファは大きく眉を歪めた。


「は?……え……じゃあ、ルッチさんは、今……、」

「スパンダム長官に処理班を寄越すように連絡を取っている筈よ。ああ、もう処理班が到着した頃かもしれないわね。」

「しょ……しょり?……長官?」

「政府の元で動いている私達CP9は、殺しを許可されているの。死んだ男は死体をそのまま捨て置いても良いような人間だと思うけど、殺してしまった場所が悪かったから、まぁ、処理する事になるわ。」


そういう事もあるわよ。と、何でも無いように言い放った彼女の言葉に、私は固まった。
人の命を命とも思っていないような言葉に衝撃が走る。
それとも私の感覚がおかしいのだろうか。


「あんな男、私だったらあっさり殺すなんて生易しい事はしない。死にたくても自分を殺すことも出来ない、いっそ死なせてくれと懇願しようにも口もきけない体にしてやったのに。」


悔しそうに食いしばった歯の隙間から絞り出すように紡がれたのは穏やかとは無縁の言葉だった。


「そんな事より。」


ふと表情が真顔になり、彼女がこちらを向く。


「貴女が、なぜ一人で遅い時間にあんな場所に居たのか。……その事の方が重要だわ。」


先程の話しでまだ混乱を続ける頭を持て余しながら、彼女を見返す。


「私にとっても……ルッチにとっても、ね。」


カリファは、私を優しく見つめる目を細め、僅かに鋭い光をその目に宿した。


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