No.115
ああ、と長官室のソファーに倒れ込むと、一気に場の緊張が解けた。
「あーあ、お前が変な話するからコーヒー冷めちまったじゃねえか。何かのむか?」
「……冷たいのが良いです。頭冷やしたい。」
「まだ熱でてんのか。」
「……ちがうけど。」
給仕室に電話を入れたスパンダムが、辺りに落ちた筆記用具を全て拾い、机の上のペンスタンドに差した。
その足で私の寝ころぶソファーに近づき、向かい側に座った。
「ナツなあ。」
「なんですか。」
未だ、整理の付ききれない事をぐるぐると考えながら、適当に返す。
「お前、能力出たか?」
何の話か一瞬わからず、額に乗せていた手を外し、ぽかんとしてしまった。
すぐに、あっと思いつき、上半身を起こす。
「え?いえ、まだ、ですけど。」
「そうか。」
戸惑いながら返す私に、スパンダムは軽い調子で頷いた。
なんなのだ、と身を乗り出したところで、給仕の女の子が飲み物を持って入ってくる。
彼女はスパンダムの前にコーヒーのおかわりを置き、私の前にフルーツの沈んだアイスティーを置いて退室していった。
長官室の前から足音が遠のくのを確認し、長いフォークでアイスティーの中からオレンジの切り身を掬い出し頬張る。
冷たく冷えた紅茶に風味づけられたオレンジは少し酸っぱく、爽やかに私の頭の中をリセットしてくれている気がした。
「で、急にどうしたんでふか?」
もぐもぐと咀嚼しながら向かいのスパンダムを見る。
彼は、黙って立ち上がり、執務机の引き出しの鍵を開け、1p程の厚みの書類の束を持って戻ってきた。
「お前が、CP9について納得できない事があるのと同じで、俺もな、納得できなかったんだよ。目の前に急に現れたニホン人という、都市伝説の生き物に。」
どすん、と乱暴に座り、足を組んだスパンダムは、まるで私の事を話しているとは思えない口調だった。
「大体、ほんとにいるのかよ?ニホン人なんて。目の前に居るのは唯のモノ知らずの糞生意気な小娘だ。いくら海軍大将に連れられてきたっつっても、あの適当な大将なら間違いもあるかもしれねえ。そう思うだろ?」
「……はぁ。」
随分目の前で貶されているようだが、これは私の話、なんだよな?
「適当に世話して、とっととマリンフォードに送り返そうと思っていた。どうせそこら辺の身寄りのない女を気まぐれな大将が自分の女に育てて良い目見る為の口実だ。……でも、どうも、その小娘はそんな気配全然ねえ。大将の女になるような顔やスタイルかって言ったら全然そんな素質はねえし、かといって伝説の生き物だというのはどうも信じられねえ。だから、調べた。」
目の前にバサリ、と書類の束が投げられた。
「流石政府の機密文書だ。なかなか書類を手に入れるのに苦労した。……けどな、俺は曲がりなりにも諜報を生業にしているCP9だ。やってやれねえことはねえ。」
書類の一番上には“現存したニホン人に関する調査報告書”とある。
「お前の事は書いてない。お前が来る前にこの世界で生きていた4人の事について書かれている。……読みたいか?」
「読み……たい、です。」
知りたくないと言えば嘘だ。
おずおずと頷けば彼はその書類を指し示すように顎を動かした。
「それはコピーだ。お前にやる。どこまで読むかはお前の自由だ。……お前は、きっとニホン人だ。俺はもう疑うのをやめた。」
スパンダムがソファーに身体を沈み込ませ、背もたれに両腕を掛けた。
天を仰ぎながら、ため息交じりに彼が口を開く。
「ニホン人は、世界に2人以上被って現れないんだそうだ。お前が居るって事はこの世界何処探してもいねえんだな。お前と同じ世界の人間は。……この60年で、4人だ。」
60年で4人。スパンダムはもう一度、口の中で反芻するように呟く。
「ナツ、お前は長生きしてくれよ。」
私の顔を見ないまま、彼はそう言って立ち上がった。
コーヒーのカップを持って、執務机に戻る。
そして、もう私との会話など無かったかのようにペンを取り、スタンプを押し、机の上に溜まっている仕事を片付け始めた。
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