No.116-side:LUCCI




「ルッチさん、あの、よかったら、これ……。」


急に目の前に赤いリボンが付いた小さな包みが現れ、ぎょっとして足を止めた。

包みの先に視線を向けると、顔を染めた黒髪の女が突っ立っている。
眉間に皺を寄せ、わざと睨み付けてからその前を通り過ぎる。
ハットリが汚いものを払うように翼を揺らした。
ナツが来てからこういう女が居なかったので、油断していた。

その様子を見ていた会社の噂好きの下らない連中が一斉にヒソヒソと話を始める。
「……やっぱり」とか「……ナツさんが」とか「……でも別れたって」とかヒソヒソの合間に耳に付く。

急いでその場を去ろうと歩くスピードを上げると、人の群れの向こうにキラリと光る金髪が見えた。
女だてらに高い身長も、この会社の中では然程大きくなく埋もれてしまいそうだが、金髪の下で眼鏡を上げ、確かに俺を見ていた。

カリファはその後、俺に接触してこない。
ナツの事、会社の事はもちろん、一番最重要である任務についてのことでもだ。

あいつの言いたい事はわかる。
さっさとこの状況をどうにかしろと言いたいのだろう。
ナツを迎えに行って、俺の噂をするしかニュースが無い、この平和ボケした会社の連中の口をさっさと縫い止めろ。と言いたいのだ。


苛々と、胸に渦巻くものを感じながら、1番ドッグへ出る。
造船の現場に辿り着いて、ようやくまともに息が付けた。
少なくとも、腹の中では何を考えていようが、ドッグの奴らは仕事が最優先だ。
木材を切り出しながら、ロープを巻き付けながら、俺の下世話な話をする奴は居ない。


「ルッチ。」


……居た。一人。

うんざりとした気持ちでぐるりと首を回す。
ハットリを長時間乗せていたせいか、首元からゴキゴキと派手な音が鳴った。
呼びかけに答えることはせずに、そのまま歩を進めた。
背後から追いかけてくる軽い足音を聞きながらドッグを進む。


「のう、ルッチ。」


話しかけられるが、答えることはしない。
道具の中から鋸を持ち出し、背後を振りかえる。
案の定すぐ後ろに声の主が立っていたが、視線もくれずに今朝入荷した木材の丸太置場に向かった。


「まて、ルッチ。ナツのことじゃ。」


俺の肩を掴んだその声が、思いのほか面白がっている風ではなかったので、足を止めてやる。
カクが少しほっとしたように俺の前に回った。


「のう、ルッチ。ナツが今エニエスロビーに居るって事は知っておるのか。」

「……分かってるっポー。」


そうか、と息を吐いて、その場に屈み込む。


「何じゃ……知っておったのか……。ワシは、昨日フクロウから連絡が入って、ルッチに言わないとと……。」


またフクロウか。
いつかの苦々しい気持ちが蘇る。
長い鋸の先をトンと地面に付け、しゃがんだまま上目遣いを寄越すカクを見下ろした。


「クルッポー。それで、フクロウは何の用だったんだ。」


カクは口をへの字に曲げ、微妙な顔で首を傾げた。


「全く、あいつは何としてでもジャブラとナツをくっつけたがっておるんじゃ。ナツはお前さんと付き合っておるんだし、そもそもナツはジャブラの好みじゃないわい。」

「……フクロウの用件を言え。」

「ナツが向こうに着いてから毎日床に臥せているそうじゃ。」


声を低くして言ったカクに、言葉も無く見返す。
カクは僅かに不機嫌そうな顔で、地面に座り込んだまま俺を見上げている。


「あいつは、やっぱり家族の急病で休職してるわけじゃなかったんじゃな。ナツ……何か病気なのか?」

「……いや、」

「しかし、フクロウが、」

「病気な、わけ、ない。どうせ、またフクロウの虚言か何かだろ。」


思わず腹話術をしないまま気づかずに返し、ハッと口元を抑えた。
視線だけで辺りを窺い、自分たちの会話を聞いている気配がないことを確認する。
どうやら、声が聞き取れる範囲に人は居らず、ようやく口元から手を放した。


「……なら、いいんじゃが。……まあ、最初の話に戻るが、例の如くジャブラが病床のナツを毎日見舞っているそうじゃ。それも嘘か真か分からんがのう。」


カクは、そう言いながら、屈伸をするように勢いをつけて立ち上がった。


「嘘か真かはわからんが、」


ポン、と俺の肩に手を乗せる。


「一度、様子を見に行ったらどうじゃ。」


そう言った直後、真上に飛び、船のマストを経由して自分の持ち場へ戻って行った。

がやがやと、男たちの怒鳴り声に近い大声が飛び交う造船所。
俺の耳には、なんの音も入って来なかった。


ナツが、病気?
何が、あった。
何が、あったんだ。


カクにばかり余計な情報を入れるフクロウに腹が立つ。
その余計な情報を中途半端に俺に伝えてくるカクにも腹が立つ。
こんな時にいつもあいつの傍にいるジャブラに腹が立つ。
そんな時に俺の傍に居ないナツにも。

何より、すべてを放り出して駆けつけてやる度胸もない自分に腹が立って仕方が無かった。


こんな時にまで恰好を付けるのか、俺は。


[*prev] [next#]

ALICE+