No.118-side:CP9
「そりゃ、お前。あいつに騙されてるんだって。」
ナツの口から出てきたのは、CP9の殺戮兵器の事を語っているとは思えない事ばかりで、素直に目の前の友人の恋路が心配になった。
誰様何様どちら様ロブルッチ様のあの男が、女の前でせかせか家事をしているだと?
そんなの何かの間違いとしか思えない。若しくは、何か意図があっての事だ。
「ウォーターセブンって事は、カリファ居たよな?あいつ何やってたんだよ。ルッチに深入りするんじゃねえって言われたなかったか?」
目を覚ませ、そう祈りながらナツに語りかける。
しかし、こいつは俺から視線を外し、拗ねたような顔で黙っている。
それがひどく頑なな態度に見え、呆れる。
「あのな、CP9って何する組織か知ってんだろ?任務の為なら、飯作る事も、パンツ洗う事も、恋愛する事も朝飯前なん、」
「ジャブラもでしょ。」
俺が言葉を言い切る前に、ナツが口を開く。
不機嫌そうに見上げた瞳は俺を睨み付ける。
「人を騙すのは狼の特権じゃないの。」
「あぁ?!」
珍しく挑発的に喧嘩を売って来たナツを反射的に睨み返しながら、僅かに動揺する。
あまりにこいつらしくない。
いつもなら、はいはいと適当に往なすか、喧嘩にならない程度に口答えするに留めるナツが、本気で喧嘩を売る姿勢になっている。
ふぅ、と息を吐いて平静を取り戻す。
年下の一般人の女相手に喧嘩など買うもんじゃない。
話を変えようと、ソファーテーブルの上に目を滑らせた。
端の方に数冊情報誌が重ねて置いてある。
一番上はナツが良く眺めている海列車沿線のスイーツショップとファッション関連の情報をよく扱う女性向けの雑誌だった。
何か機嫌を良くさせる話題でもねえのか、とその雑誌に手を掛ける。
瞬間ナツが慌てたように「あっ」と声を上げた。
「ちょ、だめ!それ待って!」
慌てて手を伸ばしたが、一歩遅かった。
引き寄せた雑誌の間からズルリと滑り出してきたのは、一冊の書類の束だった。
紙の色や質感も、表紙のタイトルを象るフォントも、良く見慣れたものだ。
タイトルの上に描かれた独特なシンボルマークとWorld Govtのロゴマーク。
政府の情報機関が纏めた書面に間違いなかった。
そして此処にあるという事は同時にCP9が関わっている事は容易に察することが出来た。
「なんだ?……現存した、ニホンじ……」
目に入ったタイトルを読み上げそうになり、はっとナツに目を向ける。
バツが悪そうな、怒っているような、でも何か諦めたような複雑な表情で、飛び出してきた書類を睨み付けている。
再度、書類に視線を戻す。
現存した ニホン人に 関する 調査報告書
タイトルの下には、赤い判で“TOP SECRET”と押されている。
ニホン人というモノは知っていた。どこの国にもある所謂都市伝説だ。寝物語。おとぎ話。フェアリーテイルだ。
それが、コピーだが政府公文書の形式で此処にある。
もう、目の前のナツを気遣う事も忘れ、迷わずページを開いた。
書かれていたのは4人の異世界人と、迷い込んでしまった世界に翻弄された4つの人生。
それらを目で追いながら思い出されることがあった。
二十歳過ぎて半ば近いのに、買い物にも出た事がないと不安げに見せた顔。
短い簡単な本を読むにも苦労している様子。
なのに、世間知らずの餓鬼とは違う話し方。
社会に出た事のある人間独特の敬語や気遣い。
でも、流行の歌手や食べ物は知らず、世界情勢にも疎い。
自分の部屋で読めばいいのに態々長官室に新聞を読みに通う。
よく考えたら、違和感だらけだったじゃねえか。
そもそも、叔父が青キジってのがおかしすぎるんだよ。
だって、あの男、姪どころか、それこそ家族が居ねえだろ。
最後のページまで目を通し、ゆっくりと書類を閉じた。
向かい側に座るナツは、寝ているわけではないと思うが、ピクリとも動く様子がない。
書類の束をテーブルに乗せ、膝の上で手を組んでそこに額を乗せた。
とてもじゃないが、ナツの顔をまともに見る勇気は無かった。
「……ナツ。……お前。」
何か話さなければと思っても、口からは彼女の名前しか出てこない。
じっと、息を潜めるように座ってたナツが、ごそりと動き、俺の目の前から書類を取り上げた。
「……分かってるの。」
話し出したナツの声は、驚くほど穏やかで落ち着いていた。
「騙されてるかもなんて、最初から分かってるよ。きっと、ルッチさんは、ニホン人だから私を傍に置いてくれたんだよね。彼は、何かの目的の為なら船大工になりきる事だって、そこら辺のニホン人を誑かす事だって朝飯前なんだろうね。」
まるでそこら辺にニホン人がごろごろしていそうな言い方だが、それを冗談のようにする素振りも無く、俺も黙って聞き入る。
ナツが、小さく吐息を震えさせてから、無理矢理のように口元に微笑みを浮かべた。
「でもね、私が困った時に現れるのはルッチさんなんだよ。……この世界に来た時から、ずっとそう。どうしようって迷ったら、ちゃんと手を引いてくれて、危ない目にあったら、ちゃんと助けに来てくれるんだよ。」
無理矢理な笑みも、震えながら歪んでいく。
白目を赤くしながら、その目に溜まるものを零さないように堪えているのがわかった。
「……危ない仕事をしてるのも、わかってる。任務の為なら冷徹になるって事も聞いた。愛想もないし、自分にも他人にも厳しい人だよ。……でも。」
遂に、留まりきれなくなった水滴が、コロ、と頬に転がる。
「……好きなんだよ。」
ナツが言い切ったと共に目を瞑ると、パタパタと何粒もの涙が下に落ちた。
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