No.119
はらはらと自分の意思とは裏腹に流れてくる涙を指先で捌く。
まさかジャブラの前で涙を見せることになるとは思っていなかったので非常に気まずい。恥ずかしい。
速やかに目元をティッシュで拭って、ちらりとジャブラを覗き見る。
向かい側に座っているジャブラは、股を大きく広げてソファーに腰掛け、腰を曲げて俯いた姿勢のまま、両手で顔を覆い、じっとしていた。
しばらくすると「うぁぁあああ」という呻き声と共に、顔をごしごしと洗うように擦りつけ、ぱっと顔を上げる。
手を外した彼の顔は、怒った表情で、顔や耳まで赤くなっていた。
「じゃあ、なんでこんな所来てんだよ!そんなに好きなら、ずっとルッチの所に居りゃいいだろ!」
俯いて涙を拭いたティッシュを鼻の下に当て、上目遣いでジャブラを見返す。
ジャブラは「あー……くそ。」と言いながら先程の顔のように今度は太ももをごしごしこすった。
「なんなんだよ!なんで俺が、こんな……あほ猫の事で……あーーくっそ!」
「ふっ……。」
「笑うな馬鹿!」
顔を真っ赤にしたジャブラは明らかにこの手の話題に慣れていないのだ。
しかも、話の相手は自分の嫌いな同僚だというのに、逃げずに付き合ってくれている。
思わず小さく吹き出すと、すかさず睨まれてしまった。
「お前……マジでさ、こんな所来てて良いのかよ。」
今度は少し小さな声で、気遣うようにジャブラが話す。
そんな彼に、大丈夫というように微笑み返して見せた。
「私は、もう自分の気持ちを伝えたんだよ。……伝えて、一度は騙されても利用されてでも傍に居たいって思ったけど、やっぱり無理だ。わたしはそんなに肝も据わってないし、大人でも無かった。ルッチさんに、迎えに来て下さいって手紙書いてきたの。」
「手紙?」
「……試してんの。嫌な女でしょ。まあ、来てくれても前向きな話し合いにならないかもしれないけど。」
「……来なかったら?」
「そうだなあ……来てくれなかったらか。マリンフォードでも行こうかなぁ。任務が終わって帰ってくるルッチさんと、待ちぼうけの私が鉢合わせって結構間抜けだもんね。」
もし本当にそうなったら私みじめな事この上ない。
「そうなったら、俺、あいつ殴ってやるから。」
ジャブラが、そう言いながら膝の上で拳を握りしめた。
「なにそれ、やめなよ。暴力とか。」
「うるせえ。今だって腹立ってんだ。あいつはお前が来てから一週間何やってんだよ。さっさと追いかけて来いよ!男のする事じゃねえだろ。……ヘタレ猫が。」
ヘタレとか、お前がいうか!という言葉は烏龍茶と共に飲み込む。
彼は私の為に憤ってくれているのだ。ありがたい。
悶々と長年ギャサリンちゃんに片想いをしているのは、これとはまた別のお話なのだ。
ぐびぐびと温くなった烏龍茶を飲み干す。
ぷはっとマグから顔を上げ、怒り顔のジャブラに笑う。
「じゃあ、振られそうだったら、あとはジャブラに任せることにするよ。ウォーターセブンの任務が終りそうな雰囲気になったら私クザンの所に逃亡するから。あとは任務帰り狙って殴るなりなんなりお好きなように。」
「逃亡先が、二度と取り返せない場所すぎるな。お前は。」
たしかに、相当な人間でなければこの世界で海軍大将の懐にいる人間を攫う事など出来ないだろう。
ルッチはこの世界の人間の中でもかなりの鋼の心臓の持ち主だと思うし、地位などもかなりのランクだという事が窺えるが、本気でクザンの下に逃げ込めば、きっと流石のルッチでも手出しできないと思う。
……だからこそ。ここに居る間に、彼と話がしたい。
出来るなら、また私の手を引いて、行く道を示してほしい。
「来るよ。あいつは来る。」
ジャブラが何か確信したような声で言った。
「そうかな。」
ゆるゆると笑い返す。そうなら、嬉しいけど。
「ああ、この俺が嘘を吐くような男に見えるか?」
胸元から覗く“狼”の字を親指で指し示しながら言うんだから、全くこの男はギャグなんだか本気なんだか計り知れなくて困る。
「うん、ジャブラがそう言うと心強いよ。」
込み上げる笑いを噛みしめながら返すと、彼は満足そうに笑った。
「だけど、そうだな。もしあと一週間も待たすようなことがあれば、平手の一発でも見舞ってやれ。」
「……うん。そうする。」
素直に頷くと、大きな手の平が伸びてきて、ガシガシと頭をかき混ぜた。
「ちょっと、やめてよ!髪!!」
私の髪の毛をかき混ぜる手を阻みながら、私は笑っていた。
ただ只管に湿っぽく、演歌の主人公さながらに待つことは無いのだと、少しだけ心が楽になった。
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