No.121




「あれ?ナツさん、何処かへお出かけですか?」


自室を出た所で声を掛けられ振り返る。
シルバーのサービスワゴンを押したギャサリンがこちらに向かっていた。


「うん、ちょっと。気分転換に外を歩いて来ようと思って。」

「そうですか!それは良かった!」


私の言葉にギャサリンがパアっと笑顔を見せる。
彼女は私がずっと室内に引きこもっていたのをまだ風邪を引きずっていると心配していたのだ。
ただ、外に出て日の光を浴びる気分になれなかっただけなのだが。

ふと、彼女の押すワゴンを見て気付く。


「もしかして、私の所に来てくれたの?」

「はい。コックが美味しそうなイチゴを仕入れて来たので。ビタミンは風邪にも良いですし、ナツさんイチゴ好きだったなって。」

「そうなんだ!ごめん、どうぞ入って!」


慌ててギャサリンを迎え入れようと、部屋のドアを再度開く。
ギャサリンが一歩後退した。


「いいんです!お出かけになって来てください!これはまた後でお茶と一緒にお持ちします。」

「でも、せっかく持ってきてくれたのに。」

「気にしないでください。今なら外に移動販売のワゴンが来てますよ。焼き立てのお菓子を売ってます。」

「どら焼きと鯛焼きだね!」

「知ってましたか。」


ギャサリンがにっこり笑う。


「ナツさん、元気になられて良かったです。私、給仕室に戻りますので途中までご一緒しても?」

「もちろん!」


ガラガラとワゴンを押すギャサリンちゃんの隣を歩く。
彼女は歩きながら可愛らしい話を聞かせてくれる。


「この間、お休みの日に生地屋さんへ行ったんです。ほら、給仕服のヘッドドレスって少し地味でしょう?シンプルすぎるというか。なのでレースを買ってリメイクしてみようかと……。」


高い頬骨の位置を尚吊り上げ、嬉しそうに話すギャサリンの話を聞いているとこちらまで顔が綻ぶ。
彼女は本当に可愛らしい心の持ち主だと思う。
ジャブラと上手くいってくれればいいのに、と隣を歩くギャサリンを横目で見た。


「でね、見つけたアンティークレースっていうのが、すごく素敵でこーんなにフワフワで、」


ボリューミーなレースのふわふわ加減を表現するために、ギャサリンがサービスワゴンから片手を離した。
瞬間、ハンドルのバランスを崩したワゴンが、グラリと進んでいた軌道から外れる。
あっ!!と声を上げたのは2人同時だった。

慌ててギャサリンがバランスを崩したワゴンに手を伸ばす。
思いきり引き寄せられたワゴンの車輪が片方宙に浮いた。
重いワゴンにバランスを取られたギャサリンの右足首が不自然にグキリと曲がった。

まるで、スローモーションを見ているようだった。

気づくとギャサリンは足を押さえて腰を付き、ワゴンは倒れ、そこらじゅうに真っ赤なイチゴが零れていた。


「大変!ギャサリンちゃん、大丈夫?!」

「大……丈夫です。ちょっと足首を捻ってしまったみたいですけど。」


駆け寄り腰を落とした私に、ギャサリンは、くっと顔を顰めたあと、バツが悪そうに薄く笑顔を浮かべ「大変失礼しました。」と頭を下げる。


「足見せて!すぐ冷やさなきゃ!」

「え?いや、あの!」


スカートから覗く足首を押さえているギャサリンの手を除ける。
痛そうに顔を背けるギャサリンの靴を脱がし、ソックスを下ろした。
外くるぶし周辺が明らかに腫れているのが分かる。


「……痛そう。」


顔を顰め、ギャサリンの足首に手を触れようとした瞬間、彼女の足が薄く膜が張るように緑色の光に包まれた。

……気がした。

疲れ目だろうかと、数回強く瞬きをする。


「……つっ!!……?」


瞬間、右足首に激痛が走り、思わずギャサリンの足に翳していた右手で自分の足を押さえる。
しかし、痛みは本当に一瞬の事で、気のせいだろうか、と首を傾げる。


「あれ?」


ギャサリンが、不思議そうに、背けていた顔をこちらに向けた。
どうしたの?と首を傾げると、彼女も私の真似をするように首を傾げた。


「足、痛くありません。」

「……え?……でも、こんなに腫れてるのに、」


言いながら彼女の足に視線を戻すと、そこには腫れなどどこにもない、くびれた足首と丸いくるぶしがあった。


「……あれ?」

「……気のせい……だったかな?」


二人で狐に抓まれたような気分で顔を見合わせる。
ギャサリンが、のろのろとソックスと靴を履き直した。
私は不思議な気持ちのまま、彼女の横に座ってソックスに隠されてしまった彼女の足を見ていた。


「きゃ!!」


はっと驚いた顔をしたギャサリンが、跳ねるように立ち上がった。


「ご、ごめんなさい!すぐに片付けます!」


倒れたワゴンや、零れたイチゴに駆け寄ったギャサリンの視線を追う。
その先には、見慣れた、待ち望んだその姿があった。


スマートに黒いスーツを着こなすシルエット。
濃赤のサテンリボンが巻かれたシルクハットの下には、怒っているのかと思う程の無表情。


「……ルッチさん。」



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