No.124
私からぶつけるように乱暴に合わせた唇も、触れてしまえばすぐに彼のペースに乗せられた。
お互いの呼吸以外を取り込む事さえ許さないと言うように隙間なく口を合わせ、擦り合わせるように何度も角度を変える。
こんなに必死に相手を求めた事は、きっと私の今までの人生で一度もない。
身長差をなくすため彼の肩に手を掛け、爪先立ちをしていたけど、それも辛くなり彼の肩を押した。
私に合わせて後ずさる彼と一緒に数歩歩けば、大きなソファーが置かれている。
直ぐに彼の脚がソファーの背凭れに辿り着く。
ウェーブの横髪を払うように頬を撫でると彼の体がグラリと揺らめき、バサリと音を立ててシルクハットが床に落ちた。
ソファーの背凭れ側から雪崩れ込むように二人、座面に転がった。
ソファーに倒れ込んだ時に離れたキスも、仰向けの彼の上に着地した瞬間再開される。
熱い粘膜を合わせお互いの息が上がっているのを感じながら、どちらも止める気配を見せなかった。
私の脇の下に差し込まれた大きな手が、ゆっくりとした手付きでウエストまで撫でる。
彼の頬に添えていた手を、指先で形を確認するように、顎から首筋、鎖骨を経由し、シャツとジャケットの間に滑り込ませる。
私よりも随分温かな体温を感じながら、その逞しい胸筋に沿って手を這わせていると、彼のジャケットからカサリと乾いた音が鳴った。
その音に反応するように、ルッチの動きが一瞬止まる。
それに合わせて私も動きを止め、そこでようやく彼の上から上体を起こした。
私を見つめていた彼の視線が、一瞬だけ音がした方へ動いた。
その視線を受けて、再度彼の胸元へ手を差し込み内ポケットへ潜り込ませた。
指先に当たった紙きれを捕まえて取り出す。
小さく4つ折りに畳まれたその紙には見覚えがあった。
ゆっくりとその折り目を広げ、確かに私が書いた走り書きを見つめる。
横たわったまま、私の顔を見上げているルッチの顔に視線を移し、微笑む。
再度手元の紙に視線を戻すと、パタパタと彼のお腹に涙が落ちた。
私のウエストを緩く掴んでいた手が片方私の頬に触れる。
彼の体が起き上がる気配を見せたので、跨いで座っていたお尻を、彼のお腹から太腿へ移動した。
起き上がったルッチは私の頬に唇を落としながら、指先にある紙切れを取り上げポケットへ戻す。
「今日の夜の列車で帰るぞ。」
耳元に移動し呟く唇を避け、少し体を反らして彼と距離を取る。
「……いいんですか?もうこれ以上ニホン人で面白い事なんて起きないですよ。」
「馬鹿か、お前は。」
呆れるように息を吐いた彼は、小さく咳払いをして睨み付けるように私を見た。
「いいか。俺がお前に興味を持ったのは、確かにお前がニホン人だったからだ。……だけど、お前を好きになったのはお前がニホン人だから、じゃ……ない。」
しゅるしゅると小さくなっていく語尾に合わせて、彼の頭が私の肩に沈んだ。
肩口に額を乗っけている彼の頭に手を伸ばす。
ふわふわと首元を擽る彼の髪を持ち上げ耳に掛けてあげると、露わになったその耳は思った以上に赤かった。
もしかして、ロブ・ルッチが照れている。
なんだかもう、この世界に来てから遭遇した色々な事件など吹っ飛んでしまう程の衝撃だ。
あまりの事に固まって動けないでいると、ルッチが苛ついたようにブラウスの上から私の肩に歯を立てた。
思い出したように、のろのろと彼のスーツの襟もとに手を掛け、大きな肩からジャケットを剥ぎ取る。
ソファーから彼のジャケットを床に落とし、1つ2つブラウスのボタンを開けた胸元に顔を埋めている彼の背中に手を添えた。
「私を傍に置くって、大変ですよ。ウォーターセブンの任務が終っても、付いて行きますからね。」
与えられる甘い刺激に耐えながら、わざと色を含まない可愛げのない口調で宣言した。
胸元から上目遣いで見上げた彼が薄く口元に笑みを浮かべる。
「望むところだ、バカヤロウ。」
もう黙れとばかりに顔を上げたルッチが再度唇を塞ぎ、プツプツと私のボタンを外す作業を開始した。
一旦落ち着いたお互いの体温が再度上がり始めるのを感じながら、彼の体を押し倒す。
お互いの体を撫でたりなぞったりしながら、自分の物か相手の物か分からない早い鼓動に耳を澄ます。
ソファーから落とされる衣服の数だけ理性をも剥ぎ取って行く行為に、甘んじて溺れようとお互いを刺激した。
私のボトムのボタンが外され、デニムと肌との狭い隙間にルッチの骨ばった指が差し込まれた。
―コンコンコン
突如として叩かれた扉の音に、ビクリと体を震わせる。
ルッチも一瞬ドアへ視線を向けるが、鍵が閉まっているのを確認し、また手を動かし始めた。
「ナツさーん、いらっしゃいますかあ?お茶と、ルッチさんの分のお酒ご用意致しました!」
語尾にハートでも付きそうなギャサリンの声に、完全に動きを止めた。
コンコンと言葉の間に繰り返されるノックに、はあと溜息を吐く。
「放って置け。」
「無理です。……彼女私が此処に居るの分かってますもん。」
ルッチとソファーの上から降り、下に落ちていたブラウスを羽織る。
ルッチのシャツとジャケットを彼のお腹の上に放り投げ、歩きながらボトムとブラウスのボタンを急いで閉める。
「ギャサリンちゃん、ちょっと待ってね。今開ける。」
乱れているだろう髪の毛に手櫛を通しながら、チラリとソファーに目を向け、とりあえずシャツを羽織った背中を確認して扉を開けた。
「ナツさん!お話し中でしたか?すみません!お茶、遅くなってごめんなさい。またイチゴご用意したので、持ってきました!」
「ああ、そうなの、ごめんね。せっかくなんだけど、今ルッチさんと鯛焼き買いに行こうかと話してた所だったの。」
「まあ!そうだったんですね!じゃあ、お酒じゃない方が良かったかしら?」
「そうだね。あの、厨房にさ、緑茶とかほうじ茶ってある?」
「もちろんです!」
「じゃあ、何度も足を運ばせて悪いんだけど、貰っていいかな?餡子にコーヒーも良いけど、やっぱりね。」
「はい!すぐに!」
私ににっこりと笑みを返したギャサリンは、部屋の中に視線を走らせ顔色を変えた。
「あ、あの、じゃあ、お茶もってまた来ます!失礼します!」
ピッと90度に頭を下げ、ワインやブランデーの乗ったサービスワゴンを放って走り去っていく。
取り残されたワゴンを部屋に招き入れながら、腕を伸ばしてシルクハットを拾う背中に声を掛けた。
「どんな凶悪な顔で睨み付けたんですか。……怯えてましたよ、ギャサリンちゃん。」
ハッ、と吐き捨てるように息を吐いたルッチが、頭に乗せたシルクハットの下から不機嫌な視線を寄越した。
「知るか。……お前も、覚えてろよ。」
視線以上に不機嫌な声を掛けられる。
肩を竦めて見せてから、ワインクーラーの中でワインと一緒に氷に埋もれていた炭酸水を取り出す。
シュッと音を立ててキャップを外し、ごくごくと三分の一程を飲んだ。
さて、ああ言ったからにはギャサリンが戻ってくる前に、この不機嫌な男をどうにか連れ出して鯛焼きを買いに行かなくては。
どうしようか、と働かない頭を悩ませながら、イチゴを一粒口に含んだ。
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