No.12




−コンコン


「入れ」

「失礼しまーす。長官、分からない単語があって……。」

「……どこだ。」


ルッチに1日1時間と言われていた長官室通いは、1時間どころか毎日何往復もしている。
この世界は、やっぱり可笑しな世界で、話し言葉は私と変わらないのに、書き言葉は共通してなぜか英語なのだ。
自慢じゃないが英検3級、中学3年止まりの私の英語力では、新聞一つ読むのも一苦労だ。
それでも、最近は割と読み方のコツが掴めて、大体何が書いてあるか位は理解できるようになってきた。

情報誌のグルメ特集の欄をスパンダムに見せる。
シズル感たっぷりの料理の写真を指差し、彼に聞く。


「Elephant-BluefinTunaって……象クロマグロって事で合ってます?」

「なんだお前、エレファントホンマグロも知らねえのか?!」

「……だって、そんな生物いなかったですもん……。」


スパンダムが立ち上がり、海洋生物の図鑑を開いてくれた。
此処に来た初日は、私を良く思ってないのがありありと見て取れた彼だが、毎日何度も顔を見せる私の質問に文句も言わずに付き合ってくれる。


「はぁー……摩訶不思議な魚ですね……たべるんだ。これを。」

「別に普通じゃねえか?」

「あっはは。ナニコレ!Sea-Monkeyってこれ、魚じゃないですよね?!」

「それは、海獣だ。下半身は魚だろ?」

「ふうーん。私の知ってるシーモンキーと違う。」

「そうか?」


スパンダムが出してくれた大きな図鑑をソファーに座ってパラパラとめくる。
見たこともない生物が満載で、なかなか面白い。
スパンダムは、大人しく図鑑を見始めた私を気にする事無く仕事を再開させた。
一通り見終わって、図鑑をテーブルの端に置き、代わりに新聞を広げる。

毎日届けられる新聞は、長官室で読むのが私の日課になっていた。
唐突に分からない単語が出てきても、すぐにスパンダムが解説付で答えてくれるし、
何かの事件の続報だったりしても、スパンダムが今までの経緯をキチンと説明してくれるのだ。
意外にも、なかなか教え上手な男、スパンダム。


「読んだか?」

「うー……はい。一通り。」

「じゃあ、大きい記事が何だったか言ってみろ。」

「えっとー、イーストブルーで力を付けていたブラット海賊団をウェイブ島周辺でディナー大佐の隊が討伐。
ノースブルーの一部地域では革命軍の思想が島単位で広まりつつあり、政府がその対応に追われている。
あと、天竜人チャルロス宮のお誕生日のご様子……ってトコかな。」

「まあ、大体そんな所だな。」


一発でOKを出されて、フゥーと安堵の息を吐く。


「初日は文字も読めねえし、どうなるかと思ったが、なんとか慣れてきたみてえだな。」

「あー……ありがとうございます。長官のおかげですよ。」


先ほどの情報誌を再び開きながら言った。
心から思っているわけではないが、嘘ではない。
このスパンダムという男は、こんな簡単なお伊達でもすぐに調子に乗ってくれる。
ある意味単純で扱いやすい。


「なんだ。戻らねえのか?」

「部屋に居ても暇なんで。」


最近では、長官室のソファーに腹這いに寝転んで雑誌を広げても、何も言われなくなった。

−ジーコ……ジーコ……プルプルプル……


「俺だ。コーヒー持って来い。ああ、2人分だ。」


その上、自分の分と一緒に、コーヒーまで頼んでくれる程に。
クザンの部屋程ではないが、エニエス・ロビーもなかなか居心地悪くない。

−ガチャ。
ノックの音もなくドアが開いた。


「長官、今帰ったぜ。」

「ジャブラか。ノックくらいしろ、お前は。」

「まぁ、かてえ事はいいじゃねえか。」


聞きなれない声がして、体は寝そべったまま首だけ持ち上げた。
声の持ち主と思われる、長い髪を何箇所かで結び、ナマズのような髭を生やした男は、スパンダムの机の上にバサッと乱暴に紙の束を投げると此方を向いた。

急に目が合い、お互い固まる。
先に動いたのは男の方だった。


「な!なんだお前ぇ!!長官!なんだ、この女?!」

「ああ、ナツだ。」


此方を指差し、驚いた様子の彼の問いに、スパンダムは書類から目も上げずに短く答えた。
慌ててソファーから起き上がり、立ち上がった。
余所行きの笑顔を貼り付け、目の前の男に挨拶をした。


「初めまして、海軍大将青キジの姪でナツと申します。」

「はぁ?青キジ?なんでまた。」

「……ええと、成り行きで?」


眉を寄せ頭の上に「?」を沢山浮かべている彼にニヘラと笑いながら返した。
彼は、納得の行かない様子ながらも「ジャブラだ」と一応名乗り、私の向かいのソファーへ、ドカッと腰を下ろした。

今度は行儀良くソファーに座り、先ほどの情報誌を再度開き、読む振りをしてジャブラを覗き見た。
ソファーの背もたれに両腕を掛けて斜め上に視線を向けながら何か考えている様子の彼は、格闘着の上着の前ボタンを開け、肌蹴た素肌に直接ネクタイを締めている。
ワイルドなんだか、紳士なんだか……。謎だわ。
彼は首とネクタイの間に指を差し込み、緩めながら「ああ!」と声を出した。


「わかった。また長官だな。青キジになんらかの恩を売っとこうってハラだな?」

「ちげえよ。」


やっと納得がいったと言う様に、ぎゃははと笑ってスパンダムを見た彼に、些か不機嫌そうな声でスパンダムが返した。


「失礼致します。コーヒーお持ち致しました。」


ノックの後に、聞き覚えのある女性の声が聞こえた。
彼女を迎え入れようと立ち上がろうとしたところ、ジャブラがガタガタッとソファーから転げ落ちた。


「は?なにしてるんですか。え?大丈夫?」

「な……な……てめえ、話しかけんじゃねえ。」


床に尻餅を付いているジャブラに手を差し出せば、逆に睨みつけられ、小声で怒り出してしまった。


「えー?何なんですか。人が心配してるのに。」

「……て、手なんか繋いだら、勘違いされるだろうが!」


せっかく、人が親切にしてやってると言うのに、何なのだ。この男は。
先にスパンダムの前にコーヒーを置いたギャサリンが此方に近づき「あら。」と声を出した。


「まぁ、ジャブラさん。お帰りになってたんですね。コーヒー2人分しか用意してこなかったわ。すぐお持ちしますね。」


微笑んで、踵を返し、パタパタと走り去る彼女を見送った。
未だ立ち上がらないジャブラを見下ろす。
床に座り込んだまま、耳や首元まで真っ赤に染めた、いい年の男が其処に居た。


「じゃ……ジャブラさん。……まさか、ギャサリンちゃんの事……。」

「うっ!!うるせえっっっ!!!」

「マジで……?」


フラフラと立ち上がり、ドスンッと乱暴にソファーへ腰を下ろしたジャブラを呆然と見た。
まさか、高校生ぶりにこんな甘酸っぱい展開に居合わせるのが異世界だとは……。

ホント、人生ってわかんない。


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