No.127
ルッチとの二人の時間はとても静かだ。
それはウォーターセブンでも、エニエスロビーでも変わらない事だった。
休日、二人共特に用事の無い日は、お互い何をするわけでもなくリビングで過ごしたものだ。
お茶とお菓子を傍らに置きながら雑誌や本を読んだり、テレビを見たりする私と、新聞や政府の資料を読んだり、人間離れしたやり方で筋トレをするルッチ(だって左手の小指以外宙に浮いている状態なんて人間業とは思えない)。
同じ空間で、お互いの気配を感じながら、それぞれの時間を過ごす。
ソファーに座り、緑茶とまだほんのり温かい鯛焼きを頂きながら、あまり言葉を交わすことなく、やっぱりそれぞれの時間を過ごしていた。
なんだか、まるで長年連れ添った老夫婦のようだ、と思い可笑しくなる。
だって、私達はたったさっき、始まったばかりなのに。
鯛焼きのおかげで良い具合にお腹も膨れ、胃に血液が集中しているせいかぼんやりと意識が微睡んできた。少し眠い。
ぽわんとした心持で目の前の男を見遣ると、彼もいつもより少しだけ表情を和らげてこちらを見た。
「気の抜けた顔をしている。」
「そうですね。最近はリラックスする気分にもならなかったので、なんか久々に……。」
「それは結構。しかし、寛いでいる所申し訳ないが……。」
パラパラとそこらへんにあった私の雑誌を捲っていたルッチが紙の束を持ち上げた。
それが何か認識した瞬間、ほんわりしていた気分が一瞬にして吹き飛び、跳ね上がるようにして背筋を伸ばした。
「どこで手に入れた?」
ルッチは私みたいに動揺する事も無く、至って落ち着いた様子で例の報告書を眺めた。
ジャブラのような変な緊張感も無い。
「……長官にもらいました。」
考えたら最初から私の氏素性を知っているルッチがその報告書を目にした所で慌てる必要などどこにもないのだが、やはり一応機密文書であるからなんだか気まずい。
恐る恐るというように彼の問いに返すと、パラパラと軽く目を通した彼は興味なさげにテーブルにポンと投げた。
「これだけか?お前の分は?」
「……は?」
ぽかん、と口を開けてルッチを見る。
「私の?そんなもの、あるんですか?」
「無いはずがないだろ。……ああしかし、出処が長官なら……あの人がそこまで手に入れることは無理か。あれでも一応サイファーポールのはずなのだが。」
彼はこの場に居ないスパンダムを嘲うかのように、ふんと鼻を鳴らす。
「私のは手に入れ辛いんですか?」
私の問いに、ルッチは視線を僅かに上下して肯定した。
「むしろこんな死人の報告書、万が一流出したところで大した問題ではない。結局は存在していない人物の資料だ。……しかし、お前の資料は話が別だ。お前の分は厳重に守られた金庫の中に原本が一部だけ。複製すら存在していない。」
「それをルッチさんが知っているという事は……。」
「当然、俺はとっくの昔にその資料を探りに行った。」
「……はあ。やっぱり。」
いつの間に、とは思ったが、彼の行動に嫌悪感を持ったりはしなかった。
ただ、スパンダムでも辿り着けない事をやってしまう人なんだなあ、と目の前の男がやはり私の実感以上に諜報員として仕事の出来る男なのだと思っただけだ。
ルッチが、ソファーの背凭れから背中を起こし、私を見た。
改めて向き合うような彼に、思わず姿勢を伸ばす。
彼は、一瞬何か言おうと口を開き掛け、眉を顰めて俯き、また顔を上げた。
「力が出た事を……青キジに言うのは、少し待ってくれないか。」
静かに紡がれた言葉に驚き、言葉も無く彼を見返した。
彼からは、「この皿をテーブルへ持って行け」とか「雑誌類を散らかすな。片付けろ。」とか、「この資料を5部コピー取ってこいっポー。」とか「大至急あの船の前値がいくらだったか調べて来いっポー。」とか、“命令”されることは度々ある。
しかし、彼からこんなまるで懇願のような言い方をされるのは初めての事だったのだ。
「この資料は、読んで分かっただろうが一部関係者に報告するためだけの簡易的なものだ。もっと詳しい調査データは他に存在している。人物によって様々だが、10p程の厚さのファイルにして一人当たり30冊以上はあるだろう。政府にとってお前たちは調査・研究対象でもあるという事だ。……力が発現したとなれば、お前は当然研究所に一時入れられるだろう。おそらく……怪我をした人物、動物の治癒を繰り返し繰り返し強制されることになる。」
彼は度々視線を落とし、珍しく言葉を考えながら発しているようだった。
それまで無表情を貫いていた彼が、また再び視線を落としたかと思うと、痛みを堪えるような瞳をこちらに向けた。
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