No.128-side:LUCCI




絶対に嫌だった。

他人が見れば、俺の言う事は唯の子供の我儘に過ぎないんだろうと思う。
しかし、目の前の女を俺の手の届かないところにやってしまう事は、思いつく限りの最悪の状況の中で最も恐れる状況であるように感じた。

驚いた顔で俺を見上げるナツを見つめ、口を開く。


「お前の後見人が青キジであるなら、ずっと隠し続けることは不可能だ。隠し続けて見つかって連行されるよりも、こちらから申し出た方が賢い事は分かっている。……でも、一度政府に囚われたら自由になるのはいつなのか分からない。すぐかもしれない、しかし数年かかるかもしれない。ウォーターセブンの任務が終れば、俺も少しは時間が取れる。そしたらお前に付き合ってやれる。」


……付き合わせて欲しい。俺の知らないところで、俺の知らない痛みを感じないで欲しい。

それが、全てだった。
どんな御託を並べたって、詰まる所それだった。
俺の知らないところで、俺たち二人に関係ない人間から痛みを与えて欲しくない。

努めて淡々と発していた声に徐々に無意識の感情が入り混じってくる。
きっと顔もひどく情けないものになっているだろう。
膝の上に肘を付き、合わせた両手に額を付け目元を隠すようにして俯いた。

カタン、と小さな音がして、向かい側に居たナツが動く気配がした。
ソファーが、俺の隣に一人分の重さを受け止め、小さく揺れる。
思わず肩がひくりと動いたが、俺は手の中から顔を上げることは無かった。


「わかりました。ルッチさんの任務が終るまで、誰にも言いません。」


ナツがゆっくりと、囁くように言った。
組んだ手の平から額を浮かせ、ゆるゆると隣の女に顔を向ける。
彼女は俺の話をちゃんと聞いていたのだろうか。
あまりに能天気な顔で、俺を覗きこんで笑い掛けている。


「大丈夫ですよ。ギャサリンちゃんも気づいてないし、この事は私達しか知りません。私も、ルッチさんに会えない状態で色々研究?されるのは、なんか怖いですから。なので……任務が終ったらクザンに言いに行くの付き合って下さい。」


ね?と首を傾げる彼女は、まるで俺を慰めているようだ。
きっと、本当に不安を感じているのは彼女だろう。
自ら悪魔の実を口にした俺とは違う。
望まずに手に入れた特殊能力を不安に感じるのは当然だ。
本当は俺がこいつに「大丈夫だ」と言ってあげるべきなのだろう。
しかし、こんな時でも、彼女は強く柔らかく俺を受け止める。

堪らなくなって、彼女の背中に腕を回し、その柔らかい首元に鼻を押し付けた。
細いナツの手が俺の背中を撫でるように上下する。


「……休暇を取る。」


呟いた俺の声は、酷く掠れたものになった。
背中で動いていた彼女の手が止まった。


「え?」


困惑したように聞き返される。
今度は掠れないように意識しながら声を出した。


「今の任務が終ったら、しばらく休暇を取る。単発の仕事も入れない。」


そして一層強く抱きしめると、パタパタと彼女の手が俺の背中を叩いた。
腕の力を緩めると、ナツは俺の腕から抜け出して少し距離を取り、俺の顔を見上げた。


「そんな事、できるんですか?」

「バカヤロウ、俺を誰だと思っている。……それに、俺はCP9になってから今まで休暇など無かった。文句は言わせない。」


それを聞いて、彼女の顔がふにゃりと嬉しそうに緩むが、すぐに不安そうに唇をきゅっとむすんだ。


「でも、それってつまり絶えず仕事はあるわけで。他のウォーターセブン組も少しは休みたいだろうし、そうなるとお仕事がまわって行かないんじゃ……。」


そんな事、お前が気にする事じゃないだろうに。
何処までもお人よしな目の前の女に、少し呆れた気持ちで、しかし不思議な事に同時に愛しい気持ちを募らせ、複雑に湧き上がった溜息を零す。

彼女から少し離れて座り直し、マグカップを持ち上げてすっかり冷たくなったお茶を喉に流し込んだ。


「少し前から、長官に新しい人事の事で相談されている。」

「人事?」


俺の言葉を拾っておうむ返しに聞き返した彼女に、一つ頷く。


「新しいCP9のメンバーの事だ。」

「えっ!それってルッチさんが決めるんですか?」

「当たり前だ。CP9は全員、云わば俺の部下。現場に出ない長官に勝手に決められてたまるか。」


ナツがひどく驚いたように、言葉も無く俺を見返す。
ほんとにこいつは、政府での俺の立場をなんだと思っていたんだ。
いちいち繰り出されるリアクションを見るに、どうにも軽く見られていたようにしか思えない。

思わず眉間に力が籠るのを感じるが、構わず続けた。


「人並み外れた肉体・体力・技術、全てが揃わないと十分ではない。……だが。」

「長官の紹介の人は何かが欠けてる?」


俺の言葉を補うように、ナツが問いかけた。
軽く頭を揺らし肯定する。


「四式しか使えないらしい。」

「えっと、それって剃とか月歩とかの事です?」

「ああ、お前も見た事があるだろう。CPの訓練所で習得させられる体術だ。CP9になるなら最低六式全てマスターしてしかるべきだ。しかしそのうち二つ使えないとなると戦闘パターンによっては不利な状況に陥らないとも限らない。CP1からCP8までならそれで問題ないだろうが……。」


ふうん、と良く分からない、と言うように首を捻るナツの首に腕を回し、引き寄せる。
うわっと色気の無い声を上げ、つんのめる彼女の頬に唇を落とした。


「まるきり俺の代わりにはならないだろうが、猫の手くらいの働きはするだろう。ウォーターセブンから引き上げたら、長官に一時的な採用の話をする。」


俺に為されるがままに引き寄せられていたナツがクスクスと笑う。


「じゃあ、その人が一日も早く職にありつけるように急いで任務を終わらせてくださいね。」


にっと唇を引き上げて俺を見上げる彼女に、同じ顔で見返してやる。


「もちろんだ。それに長引けば長引く程、お前が、うっかり、人前で力を出してしまわないと限らないしな。」


うっかり、という部分を強調すると苦い顔をしたナツの顎を指先で掬い上げる。
ゆっくりと顔を近づければ、それに合わせるように彼女の目も瞑られ、薄く唇が開く。

いつか、散々俺のキスを避け続けていた彼女が脳裏に思い出され、歯の奥で苦笑を噛み殺す。
改めて、全ての主導権は彼女にあるのだと、認めざるを得なかった。
キス一つをするでも、彼女の意識の違いでこんなにも違う。

ゆっくりと確かめるように味わうように唇を摺り合せ、そしてまたゆっくりと離れる。


「さて。そういう事だから、青キジに通じた海兵がそこらへんにうじゃうじゃいるこの島からさっさと離れるぞ。」


目の前の彼女を顎を上げて見下ろすと、俺のいつものふてぶてしい態度に彼女は安堵したように笑う。
そして、やたらとでかいキャリーバッグを笑顔で俺に押し付けるのだった。


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