No.129




今回は、ジャブラにも、スパンダムにも、ギャサリンにも、誰にも告げずに島を出た。
私とルッチ、二人の空気やリズムやタイミングを、他の人間に邪魔されたくなかったのだ。

私が居なくなったところで、きっと騒ぐのは長官位で、ジャブラ辺りは事情を察するだろうし、ギャサリンも荷物が無くなっているのに気付けば今まで通りカーテンを閉め、留守を預かる体勢に入るのだろう。


列車の外は白い飛沫が立ち、たまに大きな波が窓を濡らした。

流れる景色を見ながら、隣に誰かが座っている事が凄く不思議だった。
思えば、この列車に乗るのはいつも一人で、誰かと一緒に乗るなんて初めての事だったのだ。
こぶし二つ分くらいの距離を空けて隣に座る癖に、どちらともなく繋いだ手の平は、列車に乗っても座席に座っても繋がれたままだった。
何処までも続く海の際を見極めようとキラキラ光る窓の外に目を細める私と、いつもの不機嫌そうな無表情を崩さず、ただ前を見つめているルッチ。
無表情の中に埋まっている瞳が、実は穏やかに機嫌よく居るのを私は知っている。

ぎゅ、と彼と繋ぐ手に力を込めると、私の手を覆い隠す彼の手も応えるように力を込めた。
私より随分熱い彼の体温と私の低めの体温が溶け合ってまるで手の平の中で境目を失くしているかのように思えた。

ウォーターセブンへ向かう他に乗客の居ないたった二人だけの車内は、車輪が海の中の線路をなぞる音と、車体が波間を駆け抜ける音、それ以外の物音は何一つない、凄く静かなものだった。


---


エニエスロビーから抜けると、ウォーターセブンは夜だった。

酒場や観光客を相手にする飲食店以外は丁度シャッターを閉めたくらいの時間で、人通りも随分少なくなっていた。
石畳の上をゴロゴロと音をさせながら私のキャリーバッグを引くルッチの少し後ろを付いていく。
いつも彼の肩に乗っている大きめの白鳩は私のキャリーバッグの上で一緒にゴロゴロと運ばれていた。

ざぶざぶと流れる水路沿いの道に差し掛かった時、ふとルッチが足を止めた。


「クルッポー。飯、何か買っていくか?」


ここまで来てようやく腹話術を久しぶりに聞いた。軽く一週間ぶりだ。
しかも、肩にハットリが居ない状態でのそれは相変わらず違和感が半端ない。
ニヤニヤと顔が緩むのをなんとか最小限に抑え、下を向いて考えるフリをした。


「えっと……そう、ですね。この時間からだと作るのも大変だし、かと言って外食もアレなんで、買って帰りましょうか。」


中心街のある造船島へ向かうと水路の上にまだ随分屋台船が出ているようだった。
ヤガラに乗っている人たち向けに酒や食事を提供している屋台がほとんどだが、岸の近くに浮いている船に声を掛ければ寄ってきて売ってくれる。

水路に近付くと、むき出しの電球をいくつもぶら下げた屋台船が所狭しと軒を連ねていた。
チラリとルッチが私を見る。
その視線に応えるように、浮かんでいる船を見渡した。


「わたし、水水肉まんが食べられれば、あとは何でもいいです。ルッチさんは?」

「じゃあ、そこの中華屋台で適当に買うっポー。」


持っていろ、と言うようにキャリーバッグを渡されると、ハットリが彼の肩に飛び移る。
岸から声を掛けるのかと思いきや、ピョンと軽く飛んだルッチは水路の真ん中付近に停泊している船に乗り込んだ。
彼が飛び移った辺りから「キャア」とか「ワー」とか女性たちの黄色い声が聞こえ、少しすると山ほどのケータリングパックの入った袋をぶら下げたルッチが軽く飛びながら岸へ戻ってきた。

彼はハットリを肩に乗せたまま、キャリーバッグに大きめの袋を乗せ、小さいビニル袋を私に渡す。
スムーズに、当たり前のようにそうする彼を見て、そういえばロブ・ルッチという人間は会った時からこういう人だと改めて思った。
自意識が高く、他人に辛辣な物言いをしたりもするが、隣の女性を最低限思い遣る程度には紳士である。
彼と二人で歩いていて重い荷物を持ったことなど、そういえば一度もないのだ。


「ルッチさん。」


数歩先を行く彼が、聞こえているという事だけ知らせるように、僅かに顔を振った。


「ハットリ、私の肩に引き受けましょうか?」


私の言葉に彼は怪訝そうに眉間を顰め、ハットリは小さな頭をクルリと回して丸い瞳を私に向けた。


「クルッポー、なんだ。急に?」

「いや、荷物が多いのでお手伝いしようかと。」

「……やめておけ。」

「……でも。」

「ハットリはそこらの鳩より筋肉質だし重いっポー。」


変わらずルッチに合わせ身振りをしたハットリが、言葉を聞いて不満そうな視線をルッチに向ける。
抗議をするように、僅かに羽ばたいて彼の頬を軽く叩いた。
近い位置で睨みあうルッチとハットリを見て、思わず吹き出す。
私が笑い出したのを見て、ルッチとハットリが同時に肩を下げた。

くつくつと笑いながら、彼の後に付いていく。

角を曲がった所でルッチが「うるさい」と言いながら大きな溜息を吐いた。


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