No.135
各ドックでの仕事を終え、両手にファイルを抱えて事務室に向かっていた。
エレベーターの脇の扉を潜り抜け、階段を上がる。
ふと通り過ぎたコピー室の中。
グリーンの光が規則的に行ったり来たりする大きな複合機の前で、ダリアがぼんやりと立っていた。
私がウォーターセブンに戻ってきた少し後くらいから、彼女の元気は日に日に無くなっていくようだった。
仕事をおざなりにするわけではないけれど、ふと思いつめるように遠くを見つめてみたり、唐突に深いため息を吐いてみたりした。
それはカクがあまりふざけたり笑わなくなっていくのと同じころだったように思う。
彼は何故か急に、まるで半分ルッチが乗り移ったかのような仕事に生真面目な真人間になっていった。
それでも、ダリアの荷物から大きなお弁当箱がなくなることは無かったし、お昼に中庭の大きな木の下のベンチには、線の細い帽子姿とフワフワした栗色の後姿が並んでいたから、彼らの仲を疑う事は微塵も無かった。
私は自分の事でいっぱいになりすぎていた。
コピー室の彼女がなぜこんなに思いつめているのか、もっと考えてから声を掛けるべきだった。
だって、彼女は私がウォーターセブンに戻って来た時、その瞳に薄ら涙を浮かべて喜んでくれたのだ。
ルッチと肩を並べて歩く私の様子が、すごく幸せそうなのだと、まるで自分の事のように笑って言ったのだ。
私は、そんな彼女をもっと思い遣るべきだった。
私が名前を呼ぶと、ダリアは緩慢な動きで重そうにこちらに顔を向けた。
「……ちょっと!どうしたの?」
あまりの彼女の顔色の悪さに慌てて駆け寄る。
「具合悪い?」
彼女の背中に手を当てて顔を覗きこむ。
力のない瞳をこちらに向けたダリアは「ううん……」と囁くような音量で言いながら首を横に振った。
まるで説得力のないその様子に、どうしようかと困って背中を擦る。
私が背中を擦るのを合図にしたように彼女の大きな瞳に水の膜が張り、みるみるその瞳から大粒の涙が零れた。
「ナツ……カクが……。」
「カクが?……どうしたの?」
はっとした。
彼はダリアと付き合うようになってからまるで他に浮いた話が無かったからうっかりしていた。
でも彼は本来一途な人間ではなかった筈だ。
浮気性の男はまた浮気を繰り返す。
女にだらしのない男はどんな素晴らしい女性に出会っても根本が治ることは無い。
それは私が学生の頃からもっと経験豊かな諸先輩から聞いていた常套句のひとつであったのだ。
「まさか……あいつ……一体どこの女に手をだしたの?!」
声色に憤りを織り交ぜながら問いかけると、彼女はちがうちがうと言うようにふるふると首を振る。
「じゃあ、なんで……。」
ついに私から顔を反らして俯くが、首はゆるゆると横に振り続けていた。
はたはた、と彼女の顔から雫が落ちる。
「……もう、だめかも。」
「……え?」
ダリアの体が支えている私の腕から抜け出すようにその場に屈みこんだ。
「……だめかも……しれない。」
ダリアが弱弱しい声を発した後、コピー室の中は急に静寂に包まれた気がした。
複合機の蓋の下で、相変わらず緑色の光が規則的に行ったり来たりを繰り返し、排出口からA4サイズの紙を吐き出していた。
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