No.136
通りがかった同僚に、コピー機が吐き出している書類をダリアのデスクに運ぶようお願いし、とにかく彼女を医務室に連れてきた。
ちょうど看護師が席を外しているのか、そこはしん、と静かで、消毒液の匂いの中で糊のきいた真白なシーツが所在無げに輝きを放っていた。
うつむく彼女を無理やり促し、ベッドに向かう。
なんとかベッドに腰を掛けさせるも、それ以上はどんなに促しても横になろうとしない彼女は、とうとう膝を抱え顔を埋めた。
「私ね、ちゃんと付き合った人は、カクが初めてなの。」
ベッド脇に立つ私に綺麗な栗色の後頭部を見せながら、ダリアがポツリと呟く。
近くの丸椅子を引き寄せ腰かけて、脚の間に顔を埋める彼女を覗き込んだ。
「好きになっても、片思いで。」
震える声が細く言葉を紡ぐ。
「……だって、わたしみたいな、ダサくて詰まらない子……好きになってくれる人なんて……いなかった……。」
ここには二人しかいないのだから、もちろん私に語りかけているのだろうが、その声は聞き取れるか聞き取れないかギリギリの音量だったため、まるで独り言のようでもあった。
グズグズと鼻水を啜りながらほんの少し彼女が顔を浮かす。
雫に濡れるまつ毛の向こうで、彼女を覗き込む私を見たのが分かった。
「ナツが来て……焦ったの。ナツに……嫉妬して……このままじゃいけないって……勇気も、もらった。」
「……私?」
急に出てきた自分の名前に、思わず聞き返す。
ダリアは幼子の様に、コクリと首を振った。
「ナツ……あなたが大好き。……でも、同時に嫉妬するわ。だって……私にないもの……沢山……」
そう言いながら、彼女の瞳から再びぼろぼろと大粒の涙が溢れてくるものだから、私は慌てた。
「そんなの!私より、ダリアの方が良いに決まっているでしょう?!仕事も、人望も、女性としての魅力も!」
ダリアは小さな子が嫌々をするようにブンブンと首を振る。
「だって!私はカクを大笑いさせられないもの!」
「大笑いって……ダリア……あなたね、一体何を……。」
彼女の言葉に呆れ半分で返す。
しかし、私が言葉を返す前に、彼女は私の手にその白い手を重ね、またブンブンと首を振った。
そして、小さく深呼吸をして、思い切ったように目をつむって言った。
「カクは……ナツが好きなんだと思う。」
一瞬の間。
「はぁぁぁああ?!」
意を決して放ったのであろう彼女の言葉に、素っ頓狂な声を上げた。
私の反応が想像通りではなかったのか、彼女の瞳から溢れ続けてた涙は止まり、赤くなった目をぱちくりと開ける。
「そんなわけないでしょ!いくらダリアでも、そんな事言うの怒るよ!カクがいつ私を好きになったって?あいつは私を女形の男友達くらいにしか思ってないわよ!!」
「……だって。」
「だってもへちまもない!!」
勢いづいて彼女の手を強く握ったまま立ち上がった私を、ダリアはその綺麗な栗色の眉をハの字に下げた顔で見上げた。
「あなたは、全然わかってない!」
まるで叱りつけるような私の勢いに、彼女はぎゅっと口元に力を籠め、泣いてしまうのを堪えているようだった。
「私がこの世界……じゃなくて、この島!この島に来て、女子たちのレベルの高さにどれだけ驚いたと思っているの?!」
それは、私の本音だった。
この世界の女性は、基本的に美しい。中年以降は人それぞれだが、若い女性はほぼ全員モデル並みと言っていい。
おでこは丸く、鼻筋が通り、腰や足首はキュッとくびれ、胸とお尻が強調されたグラマラスな人ばかりだ。
当然、ダリアもその一人で、さらに彼女は賢い上に女子力が高い。
逆なら然り、彼女が私に引け目を感じる要素なんて一つもないのだ!
「ダリア、あなたはダサくなんかないし、つまらなくもない!いい?あなたみたいな人を、才 色 兼 備!っていうの!わかる?四字熟語って、こっちにもあるのかしら?
……とにかく!あなたは、私に劣っているところなんてひとっつもないんだからね!そんな風に思われたら逆に私が落ち込んでしまうわ。」
それだけ言って、再び腰を下ろす。
完全に私の勢いに飲まれている様子の彼女に、ほんの少し笑って見せた。
「私に言わせれば、カクなんてたまたま職長だったから、高嶺の花のダリアと付き合うことが出来たのよ?もしヒラでペーペーの社員だったら、あんなにモテるわけないんだから。だって、あいつなんて、運動神経が規格外なだけのガキんちょだもの。」
「そんな!」
「あ、ごめん、言い過ぎた。」
カクの彼女の前で言うべきことではなかった。
バツ悪く、苦笑する。
そんな私の様子に、ダリアも弱弱しく口元に笑みを乗せた。
「じゃあ、飽きられたのね。……それか、嫌われたのか。」
「……そんなに、深刻なの?」
彼女は、口元に笑みを乗せたまま私から目を逸らし、諦めたように細くため息をついた。
「もう、いい加減、しがみ付いた手を離さないと、みっともないわね。」
彼女は私と繋いだままの手を見つめ、その長い睫毛を震わせる。
「顔色ばかり伺って、無理やり明るく振る舞ったり、上の空の彼のご機嫌ばかり取るのも……もう、やめる……。」
私は、もっと早く彼女を思い遣るべきだった。
リビングに揃ったCP9達の中で、色の無い表情をしたカクを思い出す。
そうだ、彼はあの時からまるで冷徹な人間になっていたではないか。
それなのに私は、二人がこんな状態だったなんて、まったく想像だにしていなかった。
「もう、疲れちゃった。」
そして再び深く俯く彼女が
まるで、駅前の噴水のベンチで待ちぼうけをくらっている女の子とかぶって見えた。
[*prev] [next#]
|