No.138-side:CP9




彼女と付き合ったのは、いつも通りのほんの気まぐれじゃ。


元々、異性と付き合うことについて、他のCP9に比べて気安い性分であることは自覚している。
自分が、若く、背が高く細身で、一見遊んでいるようには見えず、そしてここが一番大事なのだが……突出した色男でないところが、多くの女性に受けがいいのだという事も知っている。
どう振る舞えば相手に安心感を持ってもらえるかも、母性本能を擽れるのかも知っていた。


かといって、流石のワシでも、所構わず女を口説いているわけではない。
単発の仕事なんかは、むしろストイックに任務を遂行していると言っていい。

しかし、長期任務となると別じゃ。
忘れてもらっちゃ困るが、ワシは若い。
若い男に禁欲を強いるほど残酷なことはないとワシは思う。
つまり、長期任務中に女の子と遊ぶのは、ワシにとって必要であるからで、さらに言えば女の子がワシを放っておかないからじゃ。
ルッチみたいにその欲求を仕事で発散するなんて不健康だ。そんなものは男ではない。
ブルーノは……モテないだけじゃ。気の毒だが。


それでも、ダリアと付き合うときは、それなりに心構えをしたものじゃ。
ワシの表面だけを見てじゃれついてくる女どもとは流石に同じ扱いはできん。
彼女が社内でそれなりの立場にある事はそれ程重要ではない。
異性に慣れていない初々しさ、カリファとは違う生真面目さが新鮮だった。
同時に本来なら適当に付き合っていい相手ではないのだとも分かっていた。

しかし、自分には、出来ると思った。
任務終了までの数年、数か月の間、彼女が初めて真剣に付き合った男になれると思った。
彼女にいい思い出だけを残して、この島を去っていけると思った。
期間限定で一回人と真剣に付き合ってみるのも新鮮で面白いんじゃないか、それなりに良い経験になるのではないかと思った。
ただ柔らかく戯れるだけではない付き合いも、ワシにだって出来るはずじゃ。やったことないけど。


ワシは、甘かった。
真剣に向き合う女性というのは、……ダリアは、そんな思いあがった自分の心にするりと音もなく、柔らかく、しっとりと、入り込んでしまった。

ワシは、知らなかった。
一度入り込んでしまった彼女を自分の中から追い出す方法なんて。

今までの女性は、任務も終盤に入ろうかというときに、適当に別れる事ができた。


「他に好きな女が出来た。」

「飽きた。」

「お前なんか、ただの遊びじゃ。」


今思えば、自分でも最低じゃと思う。
女たちを一か所に全員集めて、取っ組み合いの喧嘩を始めるのを、高見の見物で面白く眺めたこともあった。

それが、ダリアには、出来ん。


「最終調整に入れ。」



エニエスロビーからナツを連れて戻ったルッチが、そう一言告げた時、心臓の奥で乾いた音がした。
同時に、目の前の男に言い知れぬ怒りを感じた。
自分は女と上手くいっておいて、ワシには彼女と別れろというのか。

話をさせろと、事あるごとに現れるナツにも腹が立つ。
ナツが言いたい事もわかるから余計にじゃ。
お前さんは、ルッチとくっついた癖に。
自分勝手な言いがかりじゃと分かっていてもその考えを拭い去ることができない。


それでも、仕事じゃ。
今までも、やってきたことじゃ。

昔、ルッチに何度も言われた。
任務先で面倒くさい関係を持つな、と。
それでも、淡泊にその関係を切り捨ててきたから、あいつはワシに何も言わなくなった。
女とどんな関係を持っても、切り捨てられる男であると信頼を得る事が出来た。

ワシは、CP9じゃ。





査定に行ってくると言えば誰も不審に思わず、止められることもない。
我ながら良いポジションを得る事が出来たものじゃと、自嘲した。
サボって来た場所が、女々しくもこれから別れようという女の家なんて……。

クルリと手首を回し、袖に忍ばせていた針金を二本取り出す。
簡単なシリンダー錠は、この二本の針金さえあれば素人でも簡単に解錠できる。
カチャン、と錠が回る手ごたえの後、ゆっくりとノブを捻ってそのドアを開けた。
瞬間、フワリと柔らかな匂いが鼻先を擽る。
何度も足を運んだこの部屋に来るのは、もう、これで最後じゃ。

主が居ない部屋にゆっくりと足を踏み入れた。



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