No.14




(え。じゃあ、せっかく上げたお小遣い、まだ全然使ってないの?)

「うん。だって、最初はやっぱりちょっと不安じゃない?」

(へえ。ナツちゃんにもそんな可愛らしい一面があったなんて。)

「失礼な。でも、一回経験してしまえば平気になると思うんだ。」

(あ、なんか今のって、ちょっと色っぽい言い回しじゃない?初体験的な。)

「全く……今の話の流れでどうやったらそう捉えられるのよ。オッサン。」

(いやいや、冗談だって。)

「でも、私も大人になってこんな事で緊張するとは思わなかった。」

(確かにな。でもまぁ、気持ちはわからないでもない。)

「明日ルッチさん来るし、一緒に行ってもらうつもり……。だけど、あの人サックリ断りそうだよね。怖。」

(俺、行こうか。)

「ううん、いい。クザンと一緒だと目立つし。」

(ええ、ちょっと。おじさんショック。)

「うそうそ。でも本当に大丈夫。大将さんはお仕事してください。」


ガーンと効果音でも付きそうな顔をした電伝虫にクスクスと笑いながら返した。
「電話して。」と言われ、電話番号を渡されていたものの、一度も掛けなかったらクザンの方から掛かってきた。

そういえば私、前の世界でもメールも電話もマメな人間じゃなかったなぁ。
あまりに大きいカタツムリが気持ち悪くて電話をする気も起きなかったが、実際使ってみると、クザンの表情を真似る電伝虫はなかなか可愛い。
私の表情もクザンの電伝虫は真似ているんだろうか。テレビ電話より面白いではないか。


(ショックといえば、なんで俺がナツちゃんのおじさんなのよ。)

「私が言ったんじゃないよ。ルッチさんが給仕の子に聞かれてそう説明したの。」

(恋人とか兄妹とは言わないから、せめて歳の離れた従兄妹とかさぁ。)

「まぁでも、そうなっちゃったからねえ。辻褄が合わなくならないようにそれで通しちゃってるし。」

(おじさんだと思っていたら実は兄でしたとか、ドラマチックな展開にし……)

「しないよ。そんな面倒なこと。」

(ナツちゃん……相変わらずドライだね。)

「だって、結局は作り話じゃん。実際の私にとっては叔父でも兄でもない、クザンはクザンだもん。」

(……そうか。)


拗ねたように唇を尖らせていた電伝虫が、私の言葉にサラリとした声で返したが、その顔は照れたように笑っていた。
元の世界にも、こんなのあったら意外とウケるかもしれない。
泣きそうな顔で必死に明るい声を出す女の子の表情も伝えられたりして、遠距離恋愛の破局率が減ったりするんじゃないだろうか。
「おやすみ」とクザンの声で微笑む電伝虫に同じように返し、受話器を置いた。

うーん……と大きく伸びをして、昼間と同じ明るさを保つ窓辺に近づく。
一日中同じ位置に居る太陽。
無人島にもマリンフォードにも夜はきちんとやって来ていたからエニエスロビーが特別なんだろう。
夜なんて、暗くて寂しくて好きじゃないと思うこともあったが、いざなくなってみるとあの暗闇が恋しく思えるものだ。

この島に来て一週間。この世界に来て10日……。
色々覚えたこともあるけれど、まだこの世界で一人になる自信がない。
私は、この先、どこへ向かうんだろう……。
心に渦巻く漠然とした不安を包み込んでくれる闇を求めて、カーテンを引き太陽を隠した。


−−


朝食の用意をしてくれるギャサリンちゃんが、なんだか少しそわそわしているように思えた。
テーブルとワゴンの間の行ったりきたりや、カトラリーの入った籠を一度テーブルに置いて、また手に持ってみたりと無駄な動きが多い。
ソファーの上でミルクを飲みながらしばらく観察していたが、一度温めたティーポットに茶葉を入れずに再度お湯を注いだのを見て、声を掛けてみた。


「ねえ、ギャサリンちゃん。」

「キャ!!」

「あ、ごめんね。驚かせた?」

「い……いえ。ナツさん、どうかしましたか?」

「えっと、ギャサリンちゃん、何かあったの?」

「……な……何かって……?」

「えー……っと、例えば良い事とか?」


私がそう言うと、パッと驚いた顔をして、みるみる頬を染め始めた。


「あの、今日……ルッチさんがいらっしゃるんですよね。」

「ああ、うん。」

「あ、いえ。あの……それだけなんですけど……。」

「え……ギャサリンちゃん、ルッチさんが好きなの?」


マジでか。
なんかこの子に関してはそんな話ばっかりだな。
ギャサリンは、更に顔を赤くし、ぎゅっと目を固く瞑って、顔の前で両手をぶんぶんと振った。


「違うんです!違うんです!好きとかじゃなくて、憧れているっていうか……。」

「へぇ、憧れか。まあ、そういうのあるよね。」

「格好良いですから、ルッチさん。エニエスロビーでは人気あるんですよ。」

「へえー。怖いのにね。彼。」

「そこも良いんです!たまに笑っただけでもキュンとくるって言うか!なんにせよ、男は顔です!!」


胸の前で両手を握り締め、熱弁を振るう彼女に、苦笑しながら頷いた。
男は顔とか……意外と言うわ、この子。
それにしても、ジャブラ……。ご愁傷様……。
いや、でも、ルッチさんは、好きではなく憧れらしいから、まだ望みはあるか。

いつもより5分ほど余計に時間を掛け、ようやく準備を終えて部屋から出て行くギャサリンに笑顔で手を振った。


サラダの中のプチトマトに、プツ……とフォークを刺した。
ルッチさんが、駅に着くのは10時……。
あと3時間もある。
食事を終えて、服を選んで、シャワーを浴びて、メイクをして……。
それでも十分に時間があるな。

私はこの1週間、未だこの司法の塔の外には出た事がない。
此処から出るなと言われていないので、外を歩き回っても全く問題ないのだろうが、なんとなく出れないでいた。

バターと蜂蜜を塗ったトーストを口に咥えて窓の外を見る。

……行っちまうか。駅。

久しぶりに外に出ようと決めたら、途端に楽しくなってきた。
私が、駅で出迎えたら、あの俺様ロブ・ルッチはどんな反応をするだろう。
眉を顰めるか。それとも出迎えて当然という顔をするか。

苦手な彼の登場が、ほんの少し楽しみになった。


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