No.16




ベルギーのショコラティエのようなお洒落な店内で、ガラスケースに並ぶ美しいプラリネにため息を吐く。

宝石のようなチョコレートは、どれも心惹かれるものだったが、中でも美味しそうなものを10粒選び、同じ箱入を3つ作ってもらった。
上質な紙で出来た袋にチョコレートの箱を入れてもらい、笑顔の可愛い店員から受け取り入り口を向く。

ドア近くの壁に背中を預け、腕を組み、ガラス越しに道行く人を眺めていたルッチさんを目にして思わず息を飲んだ。

特徴的なシルクハットの下からは、艶のあるウェーブがかった黒髪が流れ、整ったフェイスラインに、スマートで長い手足。
少し捲ったジャケットの袖から覗く腕と、意外にも太い首元は筋張っていて、シャツの下の鍛え上げられた筋肉を窺わせる。
そう、彼は美しいのだ。
とてつもなく、セクシーなのだ。

私が動けずに彼に見惚れていると、此方に気付いた彼の眉に1本皺が入り、鋭い目線を寄越した。


「なんだ。」

「……いえ。お待たせしてすみません。」


そう、彼は美しいのだ……この恐ろしい眼差しさえなければ。

司法の塔へ向かい、エニエスロビーの町を進む。
店先に色とりどりの野菜と果物を並べる店が目に入り、そちらへ向かった。
ルッチさんの顔を見上げる勇気はないが、無言で私の後について来てくれている。


「いらっしゃい。」

「こんにちは。その林檎を5つ下さい。」

「はいよ。あとは良いかい?」

「え……っと……。」


目の端に、赤くキラキラした山を見つけた。
それらを眺めながら、少し考える。
恐る恐る背後の男を振り返った。
彼は無表情で私の買い物を観察している。
どうやら機嫌は悪くないようだ。


「ルッチさん。」


無言で眉を上げ、表情だけで私の言葉の先を促す。


「さくらんぼと苺、どちらがお好みですか?」

「お前の好きな方を買えばいいだろう。」

「ええ。迷ってしまって、参考にお聞きしようかと……。」

「ふん。」


答える気はないらしい。
くだらないとでも言うように顔を背けてしまった。
肩で息をついて、お店のご主人に向き直る。


「……じゃあ、その苺を。」

「はいよ。この苺は今朝セント・ポプラで採れたやつだ。甘くて美味いぞ。」


そう言って一等大きくて赤く艶のある苺の山を袋に移してくれるご主人に笑顔を返す。
お金を払おうと、バッグに手を掛けたところで、足元に野菜の苗が置いてあるのが目に入った。


「ご主人、この苗も売ってるの?」

「ああ、どれでも一つ120ベリーだ。」

「へえ……。」


苗を見つめて、あることを思いつき、にやりと笑みを零す。


「ねえ、ご主人。このトマトとナスとパプリカの苗も一つずつ頂戴。」

「ありがとよ。」


紙袋に入った林檎を抱え、苺の入ったビニル袋と苗の入った袋を受け取る。
買い物に満足して、笑顔で振り返った。

不機嫌顔の男に侘びと礼を伝えようと口を開く前に、両手に一杯になっていた荷物が抜き取られた。
私の腕から林檎の紙袋と本の入った紙袋を取り上げたルッチさんは、無言で背中を向け塔を目指し歩いていく。
比較的重く、持手の無い袋を取り上げられ、私の手に残されたのは比較的軽く、手に持ちやすい荷物のみ。

最初の本屋での支払いや、自然に荷物を持ってくれる所など、彼の紳士的な行動があまりにも意外すぎた。
端から彼に荷物持ちなど期待していなかったし、そんな恐れ多い事思いつきもしなかった。

ははぁ……聞いたことある、こういうの。
たしか、ギャップ萌え。
上手い事言ったもんだ。確かに、ちょっとときめいた。
彼が人気を誇る理由を少し理解した。

少し小走りになって、彼の横に追いつく。


「ルッチさん。」


相変わらず無言で目線だけ寄越す。


「荷物、持たせてすみません。ありがとうございます。」

「こんなもの、給仕に言えばいくらでも用意するだろう。」


私に向けていた目線を進行方向に戻し、ルッチさんが口を開く。
ああ、そういえば、そうだ。
給仕の居る生活なんてしたことなかったから、思いつかなかった。
横を歩く彼に、少し肩を竦めて返した。


「自分で買ってみたかったんです。」


強がってみた。
でも、とりあえずこれで、一人で買い物が出来ることが分かった。
次は洋服を買いに出ることにしよう。
クザンの部下が用意してくれた服は、文句はないが半分は箪笥の肥しになっている。

この世界の社会に参加できた喜びで年甲斐もなく浮き浮きしていた。
こんな事、元の世界では感じたことなどない。
5歳の初めてのおつかいの時だって、こんな気分にはならなかった。
この世界で出来ることが増えるたび、自分が少しこの世界に居ることを許された気分になれる。

自分の口元が綻ぶのを感じながら、もう、息の上がることがなくなった、司法の塔の長い階段に足を掛けた。


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