No.18-side:LUCCI




ナツの部屋で、給仕室に電話を入れてから、ソファーに腰掛ける。

もっと時間が掛かるかと思っていたが、すぐにナツがやってきた。
ナツは、俺に軽く声を掛けると、そのままキッチンに向かった。
良く見ると彼女の指先が黒く汚れている。
キッチンの蛇口を捻り、手を洗う彼女に声を掛けた。


「その手、どうした?」


手の中で石鹸を泡立てながらナツが此方を振り返った。
そしてにやりと笑みを浮べる。


「悪戯です。」


返ってきた言葉に、意味が分からないというように眉を寄せると、ナツが笑みを浮べたまま言葉を続けた。


「狼の間に家庭菜園を作って来たんです。数ヵ月後、あの日本庭園でトマトが収穫できますよ。」


綺麗になった細い指先をタオルで拭きながら、ナツがくつくつと愉快そうに笑う。
数ヵ月後、あの、ふざけた部屋でトマトやナスが生って野良犬が吼える様を想像した。


「くくく。」

思わず、笑いを零すと、向かい側のソファーに座ったナツがニッと歯を見せた。


「ハハハハッ」


ナツの笑みに釣られて笑いが込み上げる。
こいつは大人のような気遣いを見せたと思ったら、子供のような悪戯を仕掛ける。
ますます目の前の女に興味が沸いた。


−コンコン


「失礼いたします。」


ノックの後に給仕が部屋に入ってきた。
この建物には他にも給仕が居るだろうが、ここ数年、なぜか俺はこの女しか見たことがない。


「ルッチさん、お疲れ様です。」


はにかんだ顔で俺に話しかける給仕の言葉を無視する。
ナツが、眉を下げて俺と給仕を見た後、思いついたように俺の前に酒を用意する給仕に話しかけた。


「あ、ギャサリンちゃん。シャンパンてあるかな?」

「ええ、ありますけど……。」

「じゃあ、ルッチさんのお酒、ブランデーの他に用意するワイン、シャンパンにしてくれる?」

「え……。」


給仕の女が困惑したようにチラリと俺を見る。
別にシャンパンでも構いはしないが、急にそんなことを言い出した意図が掴めずナツを見た。
ナツが苺の入った袋を持ち上げた。


「私、一人じゃ食べきれないんで。」


そういうことか。
軽く給仕の女に頷く。


「すぐにご用意いたします!」


給仕が気持ちの悪い笑顔を俺に向け、部屋を出て行った。
ナツが立ち上がり、丁寧に苺を洗い、ガラスのボウルに入れてソファーテーブルの上へ置いた。

氷の入ったロックグラスにブランデーを注いでいると、目の前に四角く黒いものが差し出された。
見ると、長官に渡していたものと同じ箱で、チョコレートだと理解する。
箱を差し出している手元から目線を上げると、ナツが首を傾げ口を開いた。


「これは、ルッチさんにです。ブランデーにも合いますよ。きっと。」

「貰う理由がない。」

「理由……?」


一緒に歩いた道中の店だ。土産というわけでもないだろう。
ナツがしばらく考えた後、困ったような顔を向けた。


「そうですね、理由……考えてませんでした。荷物を持っていただいたお礼という事にしてください。」


そんな事で……と思うが、別に拒む必要もないだろうと素直に受け取った。


「もう一つの箱は、誰宛だ?」


受け取った箱のふたを開けながらナツに聞く。
まさか、野良犬か。もしそうなら、気に入らない。
ナツは俺の問いににっこりと笑って、最後の一つの箱を手に取った。


「これは、もちろん、私のです。」


そう言って箱を開け、一粒口に放り込んでふにゃりと溶けた笑みを浮かべる。


「美味しい。私、チョコレート大好きなんです。大切に食べよう……。」


そう言って、小さな箱に並んだ黒い粒をうっとりと眺めた。
そんなもの一つでその笑顔。安い女だ。
ヘラヘラとしたナツの顔を見ながら、先ほどの給仕に対してや長官室でのこいつの態度を思い出した。
大して気にもしていなかったが、思ったより馴染んでいるらしい。


「何か、不自由していることはないか。」


ブランデーを口に運びながら問いかける。
ナツは、んー。と考えながら首を横に振った。


「何にも。ただ……激しく暇ですね。元の世界では仕事をしていたので。」

「……そうか。ここでお前に出来るとするなら、給仕の手伝いくらいしかないからな。」


ナツの言葉に返すと、彼女は苦笑しながら首を振った。


「良いアイデアですけど、どうでしょう。家事は苦手分野なので、かえってご迷惑をお掛けするのではないかと。」


女として、それを公言するのはどうなんだ。と思うが口には出さず質問を続けた。


「ニホンでは、何の仕事をしていたんだ?」

「建築関係の会社でCADオペレーターを。」

「キャド……?……なんだ……?」


聞きなれない言葉に眉を寄せ、首を捻る。
ナツは、えっと……と言葉を探しながら答えた。


「設計士さんが考えた図面を、機械を使って綺麗に書き直す仕事です。」


……設計図?


「じゃあ、お前は設計図が読めるのか?」

「ああ、まあ……そうですね。建築物の図面なら。」

その答えに俺は浮かんでくる笑みを隠せないでいた。
……ナツ、やっぱりお前はハットリが連れて来た女だ。
お前を乗せる流れは決まった。

丁度良いタイミングで、ワインクーラーの中で冷やされたシャンパンを持ってきた給仕に声を掛ける。


「使いを頼めるか。」

「はい!喜んで!!」


給仕の女が嬉しそうに居酒屋のような声を返した。
財布から10000ベリー札を抜き取り、目の前のチョコレートの箱に入っていたショップカードと共に渡す。


「その店のチョコレートを、それで買える分だけ買って来い。」

「はいっ!あ、ニョイハウス。ここの美味しいんですよね!すぐに買ってきます!!」


給仕の女が甲高い声で話し、部屋から出て行った。
ようやく静かになった部屋に安心を覚えながら、グラスを煽る。
視線を感じ、ナツを見ると、驚いた顔で俺を見ていた。
目が合い、少し笑って見せる。


「お前へのプレゼントだ。」

「……貰う理由がありません。」


怪訝そうな顔で、先程の俺の言葉をそのまま返してきた。


「気にするな。気分が良いだけだ。理由などない。」


ますます眉を寄せ此方を見つめるナツに、笑みを深くし見つめ返してやった。


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