No.20-side:CP9
静かな執務室で、下から上がってきた報告書に目を通して印を押し、上に送る書類を作成する。
CP9の司令長官なんて言っても、仕事の大半が地味な仕事だ。
時折、隣でファンクフリードが鼻を大きく振るうのを視界に入れながら、使い込んだ万年筆を紙の上に滑らせる。
−バタンッ
「長官!聞いて!!」
ノックもなく喧しい女が飛び込んできた。
急な事に驚いて、手元が跳ね、コーヒーカップを倒してしまった。
幸い、熱いコーヒーは自身に掛かることはなかったが、2時間掛けて作成した書類が見事に茶色く染まった。
デスクの上の小さな世界はあわや大惨事だ。
「てめえ!ついにノックも無しか!いい加減にしろ!!」
苦労して書いた書類が駄目になった大元の原因の女を叱り付ける。
しかし、俺の話など聞いちゃいねえこいつは、興奮したように俺のデスクに手を付いた。
「そんなことより!聞いて下さいよ!!」
「そんなことってなんだ!そんなことって!!」
コッチは、2時間分の仕事がパーだ!!
茶色い滴を落としながら濡れた書類をどかしていると、女が急に呆れた声を出した。
「あーあ、長官、またコーヒーこぼしたね。もう、しょうがないなぁ。」
「…………。」
ちっ……このアマ……。
「で、話はなんだ。」
「そうそう!私、今度、ウォーターセブンに行ってきます!!」
「………………はぁ?」
小娘の唐突な宣言に、ぽかんとした表情を浮かべた。
「あー……まあ、行ってくればいいんじゃねえの?」
CP9の任務の邪魔さえしなければ問題ない。
そういえば、あそこ観光地だし、治安も良い。
派手で目を引くほどの女でもないし、問題ないだろう。
「私、こっちに来て初めての小旅行ですよ。嬉しい!」
「はぁ、よかったな。」
嬉しさを共有したくてきたのか?
少し可愛いじゃないかと思いつつも、その喜びを一番に共有するのが、一回りも離れたオッサンでいいのか。と不安になった。
こいつはせっかく海軍ではなく、エニエスロビーに居るのに、友人を作ろうとしない。
何かと俺の所かジャブラの所に居座る。
1階まで行けばこいつと同年代の給仕や衛兵もいるし、外に出ればそれなりに店もあり人も居る。
人当たりも悪くないし、本性は……まぁアレかもしれないが、自身を上手く繕う事に長けているのだから、作ろうと思えばすぐに友人もできるだろう。
しかし、まるまる1週間、俺とジャブラ、三十路もとうに過ぎたオッサン2人と詰まらねぇ会話をしながらすごしたのだ。
それ故、昼間こいつが“土産”と言って小さなチョコレートの箱を持ってきたときには少し驚いた。
しかも、駅までルッチを迎えに行ったと言うではないか。
なんだ、こいつ。やっと外に出る気になったのか。
こいつの些細な変化を少し喜ばしく思っていた。
「で、旅行にはいつ行くんだ?」
ソファーの上で機嫌よさそうにガイドブックを開くナツに声を掛けた。
俺の質問に顔を上げたナツが不思議そうな顔をして、首を傾げた。
「そういえば、いつって決めなかった。」
「は?なんだソレ。誰かと行くのか?」
当然一人旅だと思っていた。
まさか青キジ殿と……って事はないだろうが、もしそうなら目立ちすぎる。なんとか止めなければ。
ルッチか?と一瞬思うが、まさかあいつはそんなタマじゃないだろう。
いや、しかし、最近のあいつは何処か変だ。
仕事では殺戮兵器とまで呼ばれ、プライベートでは自分以外の人間に一切の興味を示さないあいつが、この小娘を此処に置くというのだから。
しかも、こいつの為に週一で通うと言う。
てっきり冗談だと思っていたが、今週本当に帰ってきて正直びっくりした。
「……まさか、ルッチと?」
「まさか。」
恐る恐る口にした俺の質問に、即答で答えが返ってきた。「ハハハ!」と言う笑いつきで。
良かった。あの男、どこかおかしくなったかと思った。
「だよな。まさかな。」
「なんか、ウォーターセブンにいらっしゃるCP9の女性を紹介してくださるそうです。」
「カリファを?!」
「あ、カリファさんっていうんですか。」
「カリファカリファ……、覚えとこー」と軽く言いながらナツがガイドブックに目線を戻す。
カリファを紹介……。
ルッチ自ら観光地を案内するわけではないらしいが、そもそも人に誰かを紹介するということ自体、普段のあいつにはありえない事だ。
あのルッチがそこまで世話を焼くってのはなんなんだ。
あいつ、一体何を企んでいる…………?
……まさか、ナツに惚れたなんてねえだろうなぁ。
そんな人間的な感情があいつにあるのか……?
しかし一番信じられなそうな疑惑が一番納得できる気がするのは何故なんだ。
キュッという音に目を上げれば、ナツがガイドブックにペンで印を付けているところだった。
「ああーん、美味しそう!水水肉!!ほっぺがタプタプするほどのジューシーさ、だって!わはー!水水肉まんとか!どうなのコレ!!」
ルッチが女に惚れる……ねぇ……。
しかも相手はこの女……?
いや、ないない。
やっぱ俺の勘違いかも。うん。
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