No.21-side:LUCCI




-大変お待たせいたしました
 -まもなく水の都“ウォーターセブン”
  -ブルーステーション、ブルーステーション
   -お忘れ物のございませんよう……


見慣れた風景が列車の窓を滑るように通過し、徐々にスピードを落として止まった。
プシュー……と空気が抜けるような音を立てながら、扉が開く。
俺が席を立つより先に、サンファルドやセントポプラへ向かうための人々が、次々乗り込んで来た。

混み合っていた扉付近が少し空くのを待って、人々の流れに逆らいながら列車を降りた。
俺が降りるとすぐに背後で扉が閉まる。
片手でシルクハットを軽く押さえると、再度動き出した列車が大きな風を起こし、俺のジャケットをはためかせた。
ハットリが風に煽られるように一瞬飛び立って、また、俺の肩に戻った。
列車がなくなった線路を振り返ると、太陽が半分海に溶けるように沈み、線路の上にオレンジ色の水が波を立てているように見えた。


「ルッチさん、こんにちは!」

「ルッチさん、おでかけですか?」


駅を出ると、街の人間から声が掛かる。
面倒くさいと思いながらも、其方へ視線を向けると、肩のハットリが俺の代わりに片手(翼?)を上げた。

元来、人と関わるのが好きではない性分だ。
人の命が絶える瞬間に立ち会うことには快感さえ感じるのに、生きている人間というのはなぜこうも面倒くさいものか。
任務とはいえ、この街の人々からの信頼を得る、好意を得る、というのは楽しい作業ではなかった。
人間は面倒くさい。ハットリ位が丁度良い。


「お母さーん!チョコレート買ってえー」


幼い女の子の声が聞こえた。

……チョコレート。
ジャケットのポケットに手を入れてみれば、ナツがくれたチョコレートの箱が指先に触る。
そういえば、あいつと過ごした時間は苦にはならなかった。
もちろん、ニホン人であるあいつの力を見る為に傍に置くつもりでいるから世話を焼いているのだが、それを特別面倒とは思わない。
仕事ではないから義務ではないし、青キジという面倒になったら押し付けられる人間も居る。
ハットリがこの世界に連れてきたからといって、其れに対して一切の責任も感じていない。
任務でも面倒な事が、なぜあいつが相手だとそう感じないのか。
しかも、面倒と思うどころか、あいつと過ごした数時間が少し楽しくさえあった。
チョコレートを口に入れて破顔するのも、長官に生意気そうな口を叩く様子も、悪戯を仕掛けた後の子供のような表情も、すべて俺を愉快にさせた。
……それは、俺があいつを“ニホン人”だと思うあまりにそうなのか、それとも、あいつが俺を愉快にさせる何かを持っているのか。

ただ一つ確かなのは、

生まれて初めて抱いた気持ち。

エニエスロビーから海列車に乗り込むときに少しだけ振り返り、俺を見送るために駅まで付いてきたナツを見た。
振り返った俺に少し笑って手を振るあいつを見て思った。

……もう少し、一緒に居たい。

誰かと、離れ難く感じるなんて、今まで感じたことが無かった。


「あら、ルッチ。こんな時間に出歩いているなんて珍しいわね。」


聞きなれた声に、考え込んでいた思考を中断し、顔を上げる。
いつもより少しだけカジュアルな格好のカリファが、幾つか紙袋を手に提げて立っていた。


「……カリファ。」

「駅の方から来るって、何処か出かけていたの?」


周りに意識を向け、俺達の会話が聞き取れる範囲に人が居ないか確認する。
近くに人は居ないようだが、少し声のボリュームを落としてカリファに返した。


「エニエスロビーに行ってたっポー。」

「ええ?あなた、先週も行ってたじゃない。……何か、あったの?」


少し怪訝そうな表情でカリファが俺を見た。
彼女の言う“何か”とは、俺たちが進行中の任務について“何か”あったのか。という事だろう。
いや、そうではない。小さく首を振る。
ますます眉を顰め俺を見るカリファを、少し考えながら見つめ返した。


「……カリファ。」

「何?」

「少し、話したいことがあるんだが、お前の家に行っていいか。」

「何よ?どうせこれからブルーノズバーに行くんでしょ?そこじゃ駄目なの?私お腹空いたわ。」


「ショッピングで沢山歩いたのよ」という彼女に首を振る。


「他人に聞かれたら不味い話だ。」

「……ブルーノやカクにも?」


微かに頷く俺に、諦めたように小さく溜息を付き、持っていた紙袋を此方に突き出した。


「いいわ。その代わり、この荷物持って。」


その荷物を受け取りながら、また昼間の出来事が頭をよぎる。
ナツは、俺が荷物を持てば驚いた顔をして、ひどく申し訳なさそうにしていた。
……ああ、そういえば、このチョコレートもそのお礼……だったか。


「……なあに?ニヤニヤして。」


カリファの言葉に、自分が微かに笑っていたことに初めて気付く。
少し、動揺を覚えながらも、表情には出さずに返した。


「……なんでもないっポー。」


俺が答えると、ハットリが片翼を上げて顔の前で振った。
その様子を見たカリファが片眉を上げ、首を捻りながら肩を竦めた。


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