No.24-side:CP9




青ざめた顔で、階段の下をチラチラ見ながら歩くナツを横目で見て、プクク……と込み上げる笑いをこらえた。
ああ、本当にこいつは面白い。
俺達の部屋がある4階に辿り着く。


「ん。ありがとね。助かった。」


ナツが、俺の手から荷物を受け取ろうと手を伸ばした。


「いや、此処まで来たんだし、部屋まで持っていってやる。」

「ええ、いいよ。ジャブラの部屋、向こうの通路じゃん。」

「別に構わねえ。」

「……ありがと。」

「ちゃんと、ジャブラさんは優しいってギャサリンちゃんに言えよ。」

「あはは。分かったよ。」


フクロウを殴ったためか手がひどく赤くなっているので、部屋まで運んでやると申し出れば珍しく素直に礼を言った。
当然手を抜いたんだろうと思われた“4道力”という結果は、もしかしたら本気でこいつの実力以上だったのかもしれない。
そう思うと、ますます可笑しさが沸々と湧き出てくる。


「くっくっく。4道力の女に荷物なんて持たせられねえよ。」

「もう!しつこい!!」


手合の事を出して少しからかうと、不機嫌そうな声で言い返してきた。
それが可笑しくて、またぎゃはははと笑うと、ナツは目を細めて頬を膨らませ、拗ねた顔をした。
ああ、面白い。
このネタで1週間は笑えるぜ。

ナツの部屋の前まで辿り着くと、ナツが俺を招き入れるように扉を開けた。
部屋の中まで持って入れって事か。
招かれるまま部屋に入ると、後ろでパタンとドアが閉まり、ナツがキッチンへ歩いて行った。

必要最低限の家具だけ揃ったシンプルな部屋。
本棚にやけに沢山本が詰まっているが、花すら無い、飾り気のない色気のない部屋だ。
ドレッサーがあるから女の部屋だと分かるが、それがなければ男の部屋と大して変わりがない。


「おい、これ何処に置くんだ。」


キッチンに立つナツに向かって、手に持った袋を掲げて見せる。
ナツが、首だけ此方に向けた。


「あー、適当に置いてて。ありがとね。」


ナツの言葉にソファーの上に袋を置いた。
さて、荷物も届けたし、自分の部屋に帰ろうかと思っていると、ナツが再度此方に顔を向けた。


「ジャブラ、何飲む?」


……どうやら、何か出してくれるつもりだったらしい。
俺は本当にただ荷物を届けるだけのつもりだった。
でもまぁ、部屋に戻っても、どうせやる事もないし、茶くらい貰うか。と、荷物の乗ったソファーに腰を下ろした。


「酒。」

「ないよ。そんなもん。」


冗談で酒、と言うと、一寸も間を置かずに冷たい口調が帰ってきた。
……冗談なのに。


「じゃあ、何でもいい。」

「あ、あったわ。お酒。この間ルッチさんが来た時残していったブランデー。」


吊り棚を覗いていたナツの言葉に驚き、顔を上げる。
次いで当然のようにグラスと氷を用意し始めたナツを見て慌てて止めた。


「いや、ブランデーはいい。コーヒーにしてくれ。」

「あ、そう?……うん。分かった。」


あっさりと、グラスと氷は元に戻され、すぐに香ばしいコーヒーの香りが鼻を擽った。
しばらくすると、モーニングマグのようなでかいマグカップを両手に持ったナツがやってきて、俺の前に一つ置いた。
それを見て、思わず、くっと笑いを零す。
ナツが吹き出した俺を怪訝そうな表情で見た。


「……何?」

「いや、これ。」

「……コーヒーだけど?」

「じゃなくて、こんな色気の無えカップを、トレイにも乗せないで持ってくるところがお前らしい。と思ってな。」


俺の言葉に、ナツがむ、と眉を顰めた。


「悪かったね。色気がなくて。」

「別に悪ぃとは言ってねえだろ。」


そっぽを向いてコーヒーを飲むナツに、悪気のある言葉ではなかった事を加えて言った。

実際、悪いと思わない。
これがこいつの最大に良いところだと、最近気づいたばかりなのだ。
こいつは女でありながら、俺に気を使わせるようなことが一切ない。
ギャサリンちゃんのように、頭の中が真っ白になることも、きゅう、と胸が苦しくなることもない。
カリファのように、セクハラにならないよう発言に気をつけることもない。
ただただ、愉快で、気ままで、気を使わない、使われない。一緒に居て楽だ。

ごくごくと少し熱いコーヒーを半分ほど飲み、隣に置いてあるナツの荷物を除け、ソファーの上に横たわる。


「芝生と違って寝心地いいでしょう?」

「悪かぁねえけどな。芝生で大の字が一番だろ。やっぱ。」


笑いを含んだ声色で話しかけるナツに、横になったまま返すと、くつくつと愉快そうに笑う音が聞こえた。
目を閉じると、体がソファーに沈む感じがして、眠ってしまいそうになる。
ナツが本でも読み始めたのだろう。時折ペラ、ペラ、と紙の擦れる音がする。
ああ、やっぱりいい。
何をするわけでも、話すわけでもない。
ただ、同じ時間を共有してそれぞれ好きなことをしているだけなのに。

こいつの傍は落ち着く。

物心付いた時から養成所に入れられ、CPになる為の訓練をさせられてきた。
養成所では、周りは男も女もなければ、友情もへったくれもねぇ。あそこに居たのはただのライバル。
CP9になった所で出会う種類の人間は大差ねぇ。同僚と使用人。あとは標的(ターゲット)。
表面は仲良く見せても、その裏、腹の探り合いが止むことはない。
こんなに、純粋に人と仲良くなるのは初めてかもしれない。探る裏もないただの女。
馬鹿な事しか言わない女だが、それもまたいい。俺にとっちゃ貴重な人間だ。

だからこそ、気になることが、一つだけ。


「……ナツ。」

「んー?」


俺の呼びかけに答えながら、ペラリとページが捲られる音が聞こえた。


「……お前、ルッチと付き合ってんのか?」

「ええっっ?!」


少しだけ勇気を出して聞いた質問に、ナツが驚いた声で問い返してきた。
目をあけて、微かに顔をナツに向けると、目を見開いて俺を見つめるナツの顔が目に入った。


「まさか。そんなわけないでしょ?……どうして、そう思うの?」


ナツが、予想外というような声を出しながら、首を振る。


「あいつが、誰かの為に任務を放り出して帰ってくるなんて初めてのことだしなぁ。」

「任務中って言っても、お休みの日なんでしょ?……放り出したわけじゃないんじゃない?」

「……だから、そういうのさえも、今まで一度もなかったんだっつうの。」

「……ふうん。」


困ったような少し微妙な顔をして、ナツがまた本に目線を戻す。
その様子に、俺も顔を天井に向け、目を閉じる。


「なんか、普通にこの部屋で酒酌み交わしてるみてぇだったしよ。」


目を瞑ったまま、呟くように言った。
先程、ナツが中身の減ったブランデーの瓶を取り出していたのを思い出した。

あの化け猫は、自分の部屋以外で意味もなく酒を飲んで寛ぐような奴じゃない。
するとしたら寛いでいる“フリ”。
しかも、俺の知る限りでは、何か企んでいることがある時。
しかし……俺の知ったこっちゃないが、もしかしたら、好きな女の部屋では、“フリ”でなく、寛ぐのかもしれない。と思った。


「私は飲んでないから、酌み交わしたわけじゃないとおもうけど……。」


俺と同じように呟いたナツの言葉に、聞こえない振りをした。

視線を感じ、また目を開けて、顔をナツへ向けた。
目が合うと、ナツが、に、と悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「ねえ、ジャブラ。まさか……やきもちやいてんの?」


ドキンと心臓が跳ねた。


「ばっ!!馬鹿じゃねえの?!ちょっと聞いてみただけだろうが!!」


慌てて言い返しながら、にやにやとした笑みを湛えるナツを軽く睨みつける。


「もーう。素直にならないと、可愛げないわよー。」


言いながら笑うナツと無視して、目を閉じ、また寝たフリをする。
しばらく、くつくつと静かに笑う声が聞こえたが、すぐに本のページが捲られる音と、時折持ち上げられたマグカップがテーブルに置かれる音だけになった。
再度訪れた睡魔に、今度こそ身を委ねる。

遠のく意識の中で、さっき一瞬跳ねた心臓は、一体なんだったんだろう。と考えた。

……答えの出ぬまま、眠りに落ちてしまったのだけど.


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