No.25




「おい、ナツ。菓子食うか?」

「お菓子?……食べるっ!どうしたの?これ。」

「あー、今帰ってくるときに下で雑貨屋の女に貰った。」

「……へぇ。」


珍しくお菓子なんか持って私の部屋を覗いたジャブラに、どうしたのかと問えば、少し言いづらそうに話した。


「にやにやしてんなよ。てめぇ。」

「あ?顔に出てた?」


なんだ、ジャブラったらモテるんじゃない。と思いながら水色の箱からクッキーの小袋をひとつ摘み上げると、苦々しい顔で睨まれた。
どうやら考えてたことが顔に出てしまっていたらしい。
「ごめんごめん」と言いながら逃げるようにコーヒーを淹れに席を立った。

ジャブラが、私の荷物を運んでくれた日から、彼はよく私の部屋を訪れるようになった。
何をするわけでははい。
コーヒーを、時によっては紅茶を飲み、他愛の無い会話を交わし、短時間ソファーで横になって部屋を出て行く。

彼は何も言わないが、頻繁にこの部屋を訪れるのはおそらく、狼の間の芝生より、この無駄に大きなソファーの方が寝心地がいいからじゃないかと密かに思っている。
以前は、彼の日本庭園のような部屋に私が行くことが多かったのだが、彼が来るようになってすっかりその頻度は減った。

別にそれに不満があるわけではないが、小鳥のような鳴き声のニワトリに会えないのは少し寂しかった。

小さなパッケージを破り、ぱくん、と一口で小さなクッキーを頬張る。


「美味しいよ。これ。」

「そりゃよかったな。」


サクサクと軽い音を立てながら言った。
ジャブラはそれに特別興味を示す風でもなく、コーヒーを啜る。
確か、彼は甘いものが特別嫌いではなかったはず。
ルッチさんに頂いた沢山のチョコレートを、コーヒーの茶請けに出したことがある。
確か、それはいくつか摘んでいた気がする。
しかし、自分から持ってきた割には彼はこのクッキーに手を出さない。


「クッキー、食べないの?」


私の問いに、ジャブラが詰まらなそうな目をし、此方を見た。


「いらねえ。」

「……何か怒ってるの?」


どうやらあまり機嫌は良くないらしいその声の理由を尋ねる。
ジャブラは、フーと肩で息を付き、マグカップをテーブルに置いて、ソファーの背もたれに深く背中を沈めた。


「あの女、給仕室の前でこれを渡しやがった。」

「給仕室……ギャサリンちゃんに見られたの?」

「そうじゃねえ!でも、何人か他の給仕の女がチラチラ見てやがったんだよ。」


なるほど。
この島の有名人で少なからず人気のあるCP9のメンバーが、可愛い雑貨屋の女の子から可愛らしいお菓子の包みをプレゼントされていたのだ。
ギャサリンちゃん本人に見られずとも、背びれや尾びれがふんだんに付いた噂話として彼女の耳に入ることはまず間違いない。

それについて、ギャサリンちゃんが何かしらの特別な感情を持つとは思えないが、それを彼に告げる訳にはいかない。
何故なら彼は、そこら辺の恋する少女より、さらに上回るほど純情な恋をしている男なのだ。

彼の心中を察しつつも、その可愛らしい理由の怒りに少しばかりの笑みを零した。


「それでも、ちゃんとこのお菓子受け取るなんて随分優しいんだね。」

「……ちっ。」


少しばかりからかいたくなってみただけだ。
諜報部員とはいえ、正義の機関に属しているだけあって、基本的に彼は優しい。
ましてや、自分に好意を抱いているだろう女性のプレゼントを無下にすることも出来なかったのだろう。
分かっていながら口にすれば、彼は僅かに眉を顰めながら小さく舌打ちをした。
よほど気に入らなかったのか、はたまた任務帰りで疲れているからか、ぶすっとした顔のまま戻らないジャブラを見て、からかうのは余計だったと少し反省した。


「コッコに会いたいなぁー。」


これ以上、この話題を続けるのは得策でないと思い、適当に話題を変えてみた。
私の呟きを聞いて、少しだけジャブラの表情が緩んだ。


「あいつは、そんな名前じゃねえ。」

「へえ?じゃあ、なんて名前?」

「ニワトリ。」

「……ぇぇ……。」

「なんだその不満そうな声は。大体あいつ、コッコって鳴かねえじゃねえか。」

「そうだけど、愛情が感じられないよ。」

「あいつは、インテリアだ。」

「うわー、ますます愛情が希薄だね。ハットリとは大違い。」


ハットリの名前を出した瞬間、緩んでいたジャブラの眉間にまた皺が寄った。


「化け猫の鳥と一緒にするんじゃねえよ。」

「だって、……ひゃ!!」


バタバタバタ……と、頭上で音がして、僅かな風と共に何かが部屋に入ってきた気配がした。
ヒュッと白い塊が膝の上に落ちてきたと思い、吃驚して小さな悲鳴が口から漏れた。


「……ハットリ?」


すぐに白い塊の正体が分かった。
名前を呼ぶと、挨拶でもするかのように、ハットリが私に向けて片翼を上げた。
……ハットリが居るってことは……。
ドアへ目線を上げると、思った通りシルクハットを被った長身のシルエットがあった。


「確かに、野良犬のニワトリもどきとハットリを一緒にして貰いたくない。」


私と目が合うと不機嫌顔が静かに言った。
目の前のジャブラを見ると、眉間の皺をますます深くし、憎憎しげにルッチさんを睨みつけている。


「ナツ。付き合う人間は選べ。野良犬が移るぞ。」

「んだと?!馬鹿猫!」

「駄犬はさっさと犬小屋へ帰れ。」

「誰が駄犬だ!!この……。」

「まあまあまあまあ、落ち着いて!!」


人間の姿であるはずの目の前の二人の影が、なぜか獣っぽくなって見えたので、慌てて止めに入った。
こめかみに青筋を立てて立ち上がったジャブラの腕を思わず掴むと、チラと私を見たジャブラは大きな舌打ちした。
私の手を振り解き、「帰る!!」と叫んでズカズカと歩きルッチさんの横で再度大きく舌打ちをしながら部屋を出て行った。


「あ、お菓子ご馳走様!」


慌ててその背中に声を掛けるが、それに反応することなく、扉は閉まってしまった。
あーあー、ただでさえ機嫌が良く無さそうだったのに、完璧に怒ってたな、ありゃ。
ジャブラが出て行くのを見送ってから、ドアの横に立ってたルッチさんに視線を向ける。
彼は、何でもないようにツカツカと此方に歩き、ジャブラが座ってたソファーをパンパンと2回ほど手で叩き、長い足を組んで座った。
困った気持ちで目の前の男を見る。
私の視線などお構いなしに、シルクハットを傍らに置き、寛いでいる様子だった。


「仲悪いんですか?」

「馬鹿犬と仲良くする必要はない。」

「……そ、ですか。」


当然のように表情を変えず答えるルッチさんに、少し呆れる。
いい年の男が二人してなんなの。もう。
小さく、溜息を吐いて、気を取り直した。


「何か、飲みますか?あ、お酒ありますよ。ブランデー。それとも給仕の子呼びましょうか。」


ルッチさんは、考える様子で少しの間沈黙すると、私のマグカップを見た。


「お前と同じで良い。」

「コーヒーですよ?」

「それでいい。」

「了解です。」


珍しくお酒を飲まないらしい。
新しくコーヒーを淹れる為に再度キッチンへ向かった。


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