No.26-side:LUCCI




コーヒーの入ったカップ&ソーサーをお盆に載せて、ナツが俺の向かい側に座った。
それを俺の前に出しながら口を開く。


「ごめんなさい、迎えに行けなくて。何時の列車で来るのか分からなかったもので。」


カップ&ソーサーの代わりに、まだテーブルに置いてあった野良犬が使っていたのであろう馬鹿でかいマグカップを引き上げた。
こんなでかいカップで茶なんか出されるのは以ての外だと思う反面、そのマグカップが2人の親しさや気安さの象徴のような気もして、意味も無くムカついた。

目の前のお客様向け然としたシンプルな白のカップ&ソーサーが、とても余所余所しく感じる。
でも、だからといってマグカップで淹れ直せという気にもなれず、とりあえずソーサーから小さめのカップを取り上げて一口コーヒーを口に含む。

香ばしい独特の香りと苦味で、むかむかしていた気分が少し落ち着いた気がした。


「あの……?」


顔を上げると、少し不安げな顔で俺を覗き込んでいるナツが居た。


「あの、長官に聞いたら、ルッチさんから連絡が無かったって言ってたから……。」


ようやく、こいつがこんな顔をしている理由に気付いた。
どうやら「ごめんなさい、迎えに〜」の件の言葉に返さなかったことで俺が怒っていると思っているらしい。


「いや、かまわない。長官には一々連絡しないことにした。態々挨拶に行くのが面倒だ。」

「そうなんですか。」


ようやく言葉を返した俺に、ナツは少し安堵した顔を見せる。


「そんなに俺を迎えに来たかったのか?」

「……ち!ちがいますっ!……あ、でも、行きたくないって事じゃなくて、あ、でもでも、行きたくて仕方ないってことでも……。」


カップ越しにナツを見ながら言うと、俄かに慌てた様子で弁解を始めた。
そんな彼女の様子を口角を上げたまま見ていると、此方に気づいてハッとした顔をした後、小さな咳払いをして落ち着いた。


「私に会いに来てくださるので、せっかくなら迎えに行こうと思っただけです。」


ナツが顔を赤くして、それを誤魔化すようにコーヒーを啜った。
搾り出した答えが、からかい甲斐の無い返事だった事に少し残念に思いながら「そうか。」と短く返事をする。

俺の返事に反応したナツはマグカップから顔を上げ、俺と目が合うと少し首を傾げて微かに笑った。
さっきのムカつきとは違う、胸の辺りに何かがザワザワと疼く感じを覚える。

一瞬で消えてしまった胸の疼きに少しばかり首を捻った。
この疼きは、実は少し前からある。具体的に言うと、おそらく先週からだ。
まず最初に内臓を悪くしているのだろうかと勘繰った。ストレスによる胃炎か食道炎か何かかと。
実は、ナツの事を思い出したときに感じることが多いように思うので、こいつが俺にとってストレスなのではと考えたりもした。
しかし、いくら考えても、どうもストレスによるものとは思えない。
何故なら、正常な状態とは思えないこの胸の疼きが、なぜか実は少し心地良かったりもするからだ。


「ルッチさん。」


呼びかけられ、顔を上げる。
ナツが目の前に差し出してきた小さな紙切れを条件反射で受け取った。


「私の部屋の電伝虫の番号です。長官経由じゃなくて、何か用事があったら掛けてください。」

「……ああ。」


右上りで少し丸い癖で書かれた数字が並んでいた。
2の丸い部分がやけにでかい。


「ルッチさんのも教えてください。実は旅行の日程決めるのにカリファさんの予定を教えていただきたかったんです。」

「ああ、そうだったな。」


こいつをW7に移住させる算段ばかりしていて、観光についてはすっかり忘れていた。
ナツが差し出したメモ帳とペンを受け取り、自分の電伝虫の番号を羅列しながら、ふと思いついて口を開く。


「電伝虫もってこい。」

「え?……あ、はい。」


ナツが立ち上がり、キャビネットの上に置かれていたシンプルな電伝虫を持ってきた。
それを受け取り、掛け慣れた番号をダイヤルする。
数回のコール音の後、通信が繋がった音がした。


(はい。もしもし。)

「俺だ。」

(ルッチ?どうしたの?)

「先日話した女が近々ウォーターセブンに行くんだが、その観光案内を頼みたい。」

(……ああ!あの子。……そうね、週末ならなんとか。事前に連絡をくれればスケジュールを空けるわ。)

「そうか。……じゃあ、また連絡する。」

(そうね。そうして頂戴。)


「聞いたとおりだ。」


ナツの手に電伝虫を戻しながら言うと、少し驚いたような表情で受け取った。


「いまの、カリファさんですか?」

「ああ。」

「……私の話を?」


一瞬言葉に詰まる。
まさか、カリファにこいつがニホン人であることを教えたのだとは言えない。


「あー……ほんの世間話だ。」

「……世間話。」


苦し紛れに言うと、ナツがポカンとした顔で俺を見た。
そして、ふっとその顔が崩れたかと思うと、急に笑い出した。


「あっはは。ルッチさんが世間話とか、似合わないですね。」


俺の顔を見ながら目を細めて笑うナツを見て、また胸の奥がジクリ……と疼いた。
その感覚に思わず眉を顰める。


「あ、ごめんなさい。馬鹿にしてるわけじゃないんですよ。」


俺が、笑ったことに怒ったと勘違いしたらしいナツが慌てて言いながら俺の腕に手を添えた。
細い指がトン。と俺の腕に触れた瞬間、シクシクとした胸の痛みが強くなる。
切なく痛む上に、ザワザワと胸に何かが渦巻いている。


「別に……怒ってはいない。」


そう告げれば、細められた目元に再び弧を描く口元。
……そうだ。この一週間、これが頭から離れない。
こいつのこの顔が蘇るたびに、この胸はシクシクと痛み、ザワザワと疼く。
そして、再びこうなると分かっていたのに、この笑顔の記憶をより鮮明なものに書き換えたくて、また、今週もここに来てしまった。

……本当にこれは一体何なんだ。
俺は、本当に何処か具合が悪いんじゃないだろうか。
身体を壊すなど、超人であるCP9にはあるまじきことなのに……。


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