No.28
ふわり、ひらり、
普段にはない感覚が足を纏う。
胸の下で切替になって、ふんわりと踝まで落ちるマキシ丈の白いワンピース。
フェミニンなシルエットのこれは絶対に自分では買うことの無い服。
クザンの部下が差し当たり揃えてくれた服の中にあったものだ。
絶対に着る事の無い箪笥の肥しアイテムの一つと思っていたが……今日は、なんとなく、この服の気分で身に着けてみたのだ。
しかし、甘々テイストのこのワンピースを単独一枚で着る勇気は無く、レザーのライダースに同素材のブーツを合わせた。
ガラガラと引っ張るキャリーの振動が手のひらに伝わってくる。
足元に纏わりつく布を大股で歩いて捌きながら、頬が緩むのを抑え切れずにいた。
駅に着いて切符を買い、ホームに出る。
線路を覗き込めば、細かな波が立ち上がり、水面の少し下に沈んだ線路が見えた。
さらにその下、線路を水中で支えているものが見当たらず、思わずしゃがみ込んで凝視してしまった。
……どういう仕組み?これ。
「お客さん、直に列車が来ますから白線の内側まで下がってください。」
駅員の言葉に、慌てて立ち上がり数歩下がると、彼の言葉通りガタンガタンという音と共に列車が此方に向かってくるのが見えた。
ホームに列車が入ってくるとザブンッと大きく波が立ち、同時に起こった風がバタバタと長いスカートをはためかせた。
レトロで、少し豪華な装飾の座席に腰掛けると、列車が静かに今来た道を折り返し走り出した。
窓の外は、キラキラと太陽に輝く海で、クザンのチャリの後ろで見たのと同じ光景だ。
元の世界には無い、美しい青が永遠に続く光景。
前の世界より今のほうが数段自由な生活だと思うのに、一人きりで列車に乗って、久々に解放されたような気がした。
どこまでも広がる海と突き抜けるような空の青さが胸に沁みるのを感じながら、時折鴎がフワフワ飛んでいく窓の外をぼんやりと眺めた。
−−
もう、着いちゃった。
思った以上に快適だった列車……、もう少し乗っていたかった。
気持ちよく海の上を走ってきた列車を、少し名残惜しい気持ちで降りた。
エニエスロビーの駅のホームには、私と駅員しか居なかったのに比べて、この駅には人が大勢居る。
野菜や花の入った箱を抱えている人、リュックを背負った少年、スーツを着てビジネスバッグを抱えた男性……。
マリンフォードやエニエスロビーのように、何処を見ても役人ということは無い。何処を歩いても大将の親戚という目で見られる事は無い。
その事に、安堵し、自然と心が弾む。
足取り軽く出口に向かうと、改札の外に見慣れた黒いシルクハットが見えた。
その横には美しいブロンドが並んでいる。
バタバタと音がしたかと思うと、ネクタイを付けた鳩が飛んでくるのが見えて立ち止まった。
「こんにちは、ハットリ。」
私の呼びかけに答えるように「クルッポー」と鳴きながら肩に止まる。
相変わらずのずっしりとした重みににっこりと笑いかけ、再度キャリーを手に歩き出した。
改札を出ると、ルッチの隣に並んでいた美しいブロンドの女性が笑みを湛えて此方に近寄ってくれた。
「あなたがナツね。」
「はい。はじめまして。カリファさんですね。今日はお忙しいのにすみません。」
「いいのよ。私も貴女に会ってみたかったから。」
肩より少し長い髪をバックに流して、スマートな眼鏡をかけた彼女は私よりずっと年上のように見えるけど、
握手をしたときに浮かべた笑顔はすごく可愛らしくて、一瞬少女のようにも見えた。
カリファの少し後ろに立つルッチに目を向ける。
無表情の彼と目が合ったところで微笑んだ。
「ルッチさんも、こんにちは。」
「ああ、よくきたな。」
「はい。」
…………あれ?
彼の言葉に頷きながら返したところで、微妙な違和感を感じて首を捻った。
続けて、彼に話しかけてみる。
「ルッチさんは、今日はご一緒ではないんですよね。」
「ポッポー、ああ、お前のことはカリファに任せてある。」
「……!!」
分かった。違和感。
ルッチさんの声が……変。
しかも、口が……というより顔が動かない。
「……ルッチさん。今日どうしたんですか?」
恐る恐る聞いてみる。
「どうしたって、何がだっポー。」
「何がって……。」
聞き返されて、困ってしまった。
真顔でいる彼に、何故そんな変な喋り方をしているのですか。と聞くことが出来ずに戸惑っていると、横でクスリと息で笑う音が聞こえた。
音のしたほうを見ると、カリファが可笑しそうな顔をしている。
「ルッチの話し方は気にしないで。彼、訳有ってこの町では地声を出すのを控えているのよ。普通に喋れないわけじゃないの。」
「……?そう……なんですか?」
訳ありで地声が出せないってなんだそれ。
「セクハラよね。ごめんなさい、戸惑わせて。」
「いえいえ、大丈夫です。」
良く分からないが、いいのだ。最初から此処は良く分からない世界なのだ。
少々の普通じゃないことにはもう慣れっこのつもりだ。
ただ、なんとなく彼には普通であって欲しかったので少し残念ではあるけれど。
私の肩からハットリが飛び立った。
ルッチの肩に移ったハットリに気づいて、カリファが少し呆れた顔をした。
「あら、あなた、ハットリが居ないのに一人で腹話術していたの?」
「ポッポー……うるさい。」
機嫌を損ねたように眉間に皺を寄せたルッチは、此方に背を向け何も言わずにどこかへ去って行ってしまった。
あの、ポッポーは、ハットリの腹話術の為に付いていたのか。
ますます、私の中の彼のイメージが打ち壊され、少し呆然としてしまった。
ぼんやり人の波の向こうに消えていくシルクハットを見つめていると私の肩にカリファがしなやかな手を乗せた。
「ルッチなら、夜に酒場で待ち合わせをしているから又、会えるわよ?」
「……え?あ、はい。」
「ホテルは何処?ここから近ければ荷物を預けましょう。」
「えっと、チザのホテルです。」
「あら、それならここからはちょっと離れてるわね。ホテルまで移動しながら観光しましょうか。」
「はい!」
ホテルの名前を告げると、すぐに理解した彼女に連れられて、何処を見ても美しい水が流れる街に足を踏み出した。
[*prev] [next#]
|