No.30




2人でしばし、キラキラ光る水面と行き交うブルや船を、ボーっと見つめる。
頬杖を付いたカリファが、沢山の果物を積んだブルを目で追いながら呟いた。


「……私、もしかしたらこの島でこんなに観光らしい事したの初めてかもしれないわ。」

「そうなんですか?……ああ、でも住んでるとそんなものかもしれませんよね。」


前の世界で、住んでいる割には東京タワーに一度も登ったことが無かったことを思い出しながら返した。
カリファが、私の返事に少し微笑んだ顔を向ける。
ふと、水門エレベーターに乗る前に軽く交わした会話を思い出した。


「でも、カリファさん、お仕事ではブルに良く乗るって。」

「ええ。上司とね。仕事の移動手段よ。こんなにのんびりと進んだことないわ。」

「カリファさんも、どこかの会社に勤めていらっしゃるんですか?」

「ええ、ルッチと同じ会社よ。ガレーラカンパニーっていう、この島で一番大きな造船会社。」

「ええ?同じ会社って……ふ、船大工?」

「私が?まさか!」


ルッチが船大工をしながら潜入捜査をしているという話を思い出した。
まさか彼女も?と思ったが、やはり違ったらしい。
少しでも彼女の船大工姿を想像しようとした自分に少し呆れた。
そりゃそうだ。造船会社と言ったって船大工だけが仕事じゃない。
建設会社だって、大工しか居ないわけじゃないじゃないか。


「ですよね。」

「社長秘書をしているの。」

「ええ!格好良い!……ああ、でもイメージ通りです。」


ルッチの船大工はあまりに似合わなかったが、彼女の職業は納得だ。


「ルッチさんの船大工を聞いた時はあまりのイメージのギャップに笑っちゃいました。」


今でも思い出すと少し笑えるくらいに。
私が笑いながら言うと、カリファもクスクスと笑いながら返した。


「でも彼、ちゃんと船大工として馴染んでるわよ。不思議だけど。」

「へえ。意外!」

「まあ、シルクハットを被って木材を運ぶ船大工なんか世界中探しても彼くらいでしょうね。」

「あははは!ますます想像できない!!」


肩を竦め、冗談めかして話すカリファに、お腹を抱えて笑った。
シルクハットを被って、腹話術をしながら金槌を持つ姿、本当に想像できない。
可笑しくていつまでもクスクスと笑っていると、「ナツは?」とカリファが聞いてきた。


「私?」


私の何を問われているのか分からず首を傾げると、彼女は微笑んで頷いた。


「ええ、今はエニエスロビーに居るんでしょ?将来は?……やっぱり青キジ殿の傍で海兵になるの?」

「いえいえ!それこそ、まさか!ですよ。私は一般人です。」


フクロウに道力を調べられて、ジャブラに散々弱い弱いと馬鹿にされたことを思い出した。
私の返事に、カリファは少し意外そうな表情を見せた。


「へえ?そうなの。……じゃあ、故郷に帰るの?」

「……故郷。」


……帰れないんですよ。カリファさん。
口に出すことの出来ないそれを、少し複雑な気持ちで飲み込んだ。
口元に笑みを浮かべる努力をしながら、ゆっくりと首を振る。


「いいえ、故郷には帰るつもりはないんです。これからのことは……考え中かな。」

「……そう。」


うそだ。先のことなんて、考えてもいなかった。

いつまでも同じ状況ではいられない事は分かっている。
考えなければいけないと分かってはいたが、知らない街でたった一人で何も無い所から始めなければと思うと、つい、その問題から目を逸らしていた。

きっと、クザンに相談すれば、彼の口利きできっと私の望む以上の生活環境を用意してもらえるのだろうけど、それはしたくなかった。
甘えれば喜んで甘えさせてくれるクザンを頼ったら、きっと私は、一生クザンを頼り、彼の生活を脅かす存在になってしまう。
それに、エニエスロビーでCP9以外の人間から向けられていた目。私を通して海軍大将を見る目。
あの目で一生見つめられ続ける勇気はない。

カリファが、急に何かを思いついたように目を見開いた。
何事かと、彼女を見つめると、彼女は少し嬉しそうに口を開く。


「ねえナツ、もし貴女が良かったらなんだけど、ウォーターセブンに住む気があるのなら私、お手伝いできるわ。」

「……え?ウォーターセブンに?」


考えたこともなかった提案をされ、少し面食らった。
カリファは頷いて言葉を続ける。


「ええ、私の上司は、ガレーラの社長だもの。そして、この島の市長のアイスバーグさんよ。」

「……市長?!」


驚いて、少し大きな声を出してしまい、慌てて口に手を当てた。
カリファはにっこりと笑って頷く。
道理で、レンタルブルショップの店主は妙にカリファに丁寧だった。
そういうことも関係していたのかもしれない。


「ガレーラは、この島で一番大きな企業。人材が必要な部署はいくらでもあるわ。最近は資材管理業務。デスクワークできる人を探しているわ。」

「……デスクワーク。」

「治安の良い島ではあるけれど、貴女よりはこの街をよく知っているから、より安全な住まいを探すお手伝いも出来るしね。」


片目を瞑る彼女を、少し驚いた気持ちのまま見つめ返した。


「とても、とても有り難いけど……なぜそこまで?」


単純に不思議だ。
彼女とは今日初めて会ったのだ。
私がエニエスロビーに住んでいるからといって、私はCP9ではない。
ルッチの知り合いという事を考慮しても、彼女が私にそこまでする義理は無い。
私の問いに、カリファは少し目線を上に向け何かを考える表情をした後、にこりと笑った。


「そうね。今日、貴女とこうして過ごして、貴女が好きになったから、かしら。」

「え?」


思わぬストレートな答えに思わず問い返してしまった。


「きっと良い友人になれる予感がするの。此処に住んでくれたら嬉しいわ。」


彼女の続けた言葉に、思わず胸が熱くなった。
私も、この世界に来て初めて同性の友達が出来る予感がしていたのだ。
嬉しい。同じことを感じてくれていたのかと感激した。


「……ありがとう。嬉しいです。」

「ええ。考えてみてね。力が必要な時はいつでも言って。」


言いながら少し首を傾げる彼女に、笑って頷いた。

横顔に当たる光に、少し片目を細めた。
光の方を向くと、いつの間にか太陽が傾き始め、その光は赤みを帯び始めている。
目を細めながらも、思わずオレンジ掛かった空を見つめると、カリファもそれに気付いた。


「ああ、もうこんな時間なのね。少し早いけど酒場に向かい始めましょうか。」

「……夕陽……久しぶり。」


カリファの言葉に応えずに呟くと、「ああ。」と言って、彼女も太陽を見上げた。


「そうね。そういえば、私もこっちに来たばかりの頃、毎晩夜が来るのになかなか慣れなかったわ。」

「エニエスロビーに来たばかりの頃は夜が来ないのが不安だったのに。」

「ふふふ、私もよ。」


「さあ、行きましょう」と私を促し、立ち上がる彼女に続く。
待たせていたヤガラに乗るとカリファが此方を向いた。


「そろそろ酒場にルッチ達も集まる頃だと思うわ。」

「……達?」


にっこり頷いた彼女は、それ以上口を開くことなく、ヤガラに行き先を囁いた。
カリファの言葉にゆっくりとヤガラが動きだす。
待ち合わせ相手が、ルッチだけでなく「達」と複数形になったのが気になったが、それ以上突っ込む事はせず、ヤガラの船の椅子に深く座り、背もたれに背中を預けた。
空を見上げると、太陽が落ちるのとは逆の東側の空は夜の闇が迫り、青空が紫色に移り変わろうとしていた。


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