No.32
入り口を振り返ると、キャップを被った線の細い青年が「わはははは」と笑いながら一直線にこちらに歩いてくる。
彼は、私の背後に立つと、私の肩に両手を置き、腰を折って私の顔を覗き込んだ。
覗き込んできた顔の中央にある、四角く高い鼻に驚いていると、私の顔をマジマジ見た彼はニカーっと笑みを深くした。
「お前さんが、ジャブラの彼女か!!」
「はあ?!」
第一声に掛けられた言葉に、初対面にも拘らず、顔を顰めて間抜けな声を出してしまった。
カリファが私の横で不機嫌そうな顔で眼鏡を上げた。
「カク、セクハラよ!」
「おお。スマンのう。噂の彼女に会ったもんで少し興奮してしもうたわい。」
私の両肩から手をはずした彼は、代わりに私の背中をポンポンと叩く。
と、とりあえず、ジャブラを知っているということは、彼が4人目のCP9と言うことでいいのだろうか。
いやしかし、残念ながら私は噂の彼女じゃない。訂正しなければ。
「想像したより可愛かったのう。ジャブラ、好みが変わったんじゃろうか。」
「いや、あの……。」
何故だか知らないが、私をジャブラの彼女と決めて掛かる彼の言葉を、なんとか遮った。
「何か勘違いなさってるようですが、私、ジャブラの彼女じゃないですよ?」
「なんじゃ、違うのか?」
カクと呼ばれた彼が、丸い目をますます丸くする。
「違います。ジャブラにそんな事言ったら、相当怒って否定すると思いますよ。」
「なーんじゃ。フクロウ、久々に良い情報を寄越したと思ったらガセか。」
「はぁ……フクロウでしたか。全くあの人、勝手に勘違いして言いふらしたんですね。訂正したのになぁ。もう。」
情報源を聞いて、怒りより呆れが勝り、脱力してため息を吐いた。
フクロウめ。帰ったら、覚えとけ。
背後に居た彼が、私を覗き込んでいた体を起こした。
差し出してきた彼の右手に反射的に自分の右手を重ねる。
「カクじゃ。」
「あ、……ナツです。」
彼は、私の手を捕らえると、また嬉しそうに笑い、握手の手を引っ張った。
急に引っ張られ、背の高いカウンターチェアから落ちるように床に立ち上がる。
「テーブルに移動せんか?カウンターじゃと、ナツの横はカリファとルッチに固められて話がしづらいんじゃ。」
カウンターを振り返ると、ルッチが無言で立ち上がり、カリファが私のグラスを運んでくれようとしている所だった。
引きずられるように、カウンターから一番近くのテーブル席に座らせられた。
なんて、強引な人だ。
普通なら一声怒っても良いようなものだが、あの笑顔を向けられるとどうにも怒る気になれない。
「ブルーノ!ワシにもビールじゃ!!」
「はいはい。」
料理の皿や取り皿をテーブルに運んだブルーノが、穏やかな声でカクに返事をしてカウンターへ戻っていった。
私の目の前に重ねられた取り皿があったので、皆に配ろうかとした所で、未だカクに握手のまま右手を掴まれたままだった事に気付いた。
「あの、カク?」
「なんじゃ、ナツ?」
邪気の無い笑顔を向けて私に問い返すカクに、苦笑を返す。
手を放して欲しいと私が口を開く前に、黒いスーツに包まれた長い腕が視界に伸びて私の手首を掴んだ。
「カク、いいかげんにしろ。」
カクの手の平から毟り取るように私の手を離したのは、先ほどから言葉をほとんど発してなかったルッチで、彼を見上げれば眉の間に線が走り、お世辞にも機嫌が良いとは言えない顔をしていた。
「なんじゃ、ルッチ。ワシがナツと仲良くして何が悪い。」
「馴れ馴れしく触るな。」
「なんじゃそれは。まるでナツがルッチの物のような言い方じゃな。別に2人は恋仲と言うわけじゃないんじゃろう?」
不機嫌そうなルッチに咬みつくように言い返すカク。
恋仲て……若くて可愛らしい顔をしている割に古風な言い回しをする彼に思わずクスリと笑みが零れた。
最後の質問はどうやら私に向けられたようなので、少し笑いながら返す。
「うん。付き合ってないですよ。」
「な?やっぱり、ルッチにそんなこと言われる筋合いはないわい。」
私の答えに、カクは得意満面な顔でルッチを見た。
ルッチは眉間の皺を深くしてカクを睨みつけ、ジョッキを煽った。
いつか彼の眉間には普段から皺が刻まれてしまうのではないだろうか。せっかく美しい顔なのにもったいない。
とりあえず、手が空いたので、目の前の皿を皆に配る。
私が差し出した取り皿をお礼を言いながら受け取ったカリファが口を開いた。
「じゃあナツは、今、恋人はいないの?」
「あ、一応、いま……」
ヤバイヤバイ。つい「います」と答えそうになった。
この世界に来て数週間、今まで思い出さなかったのが不思議だ。
私には、“一応”彼氏が居た。
その関係は終わりそうではあったけど、まだかろうじて終わっていなかった彼氏。
でも、私が此方に来たことで、その関係も消滅した。
言葉どおり、彼とは2度と会うことは無い。
「……いませんよ。」
「なんじゃー?今の間はー?」
なんとか口元に笑みを乗せて答えた。
「あやしいのう?」と覗き込んでくるカクに「本当に居ないんですって!」と明るい声を出して答えた。
急に思い出された"すごく、好きだった人”。
1ヶ月前は、毎日彼のことばかり考え、切なくて好きで悲しかった日々。
あの時の気持ちが蘇り、きゅう、と胸が締め付けられ、少し涙が出そうになった。
「カクはどうなのよ。この間あなたにお弁当作ってきた子。」
「別にどうもこうもないわい。一緒に弁当を食っただけじゃ。」
「あら、そうなの?……じゃあ、あの子は?その前に手を繋いで一緒に帰った子。」
「あれも、ただ大通りまで一緒に歩いただけじゃ。」
「カク、あなた、思わせぶりな事ばかりしてると、いつか恨まれて痛い目みるわよ。」
「そんなことないわい。カリファが神経質すぎるんじゃ。」
カクとカリファが続けて交わす会話に笑顔を向け、締め付けられる胸を誤魔化す。
ふと、頬に視線を感じ、顔を向ける。
会話に参加せず、じっと私を射抜くような目を向ける、ルッチが居た。
……そんな目で、見ないで欲しい。
強がる私の仮面を剥ぎ取るような目でみないで。
自分の顔が強張ったのは分かったが、なんとか彼と合った目を逸らす。
横顔に突き刺さるような視線を感じながら、無理やり貼り付けた笑顔をカクとカリファに向け、彼らの話に参加しているフリをした。
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