No.34-side:GALLEY-LA
「よお。」
初めて見る女に声を掛けてみれば、そいつは手の平の上でハットリにコーンチップスを突付かせたまま此方を見上げた。
「こんばんは。」
女がにっこり笑って俺を見る。
やっぱり見覚えが無い。他所モンか。
「パウリーもせっかく来たんだから座ったら?あ、彼女、ナツよ。私の友達。」
女を見下ろし突っ立っていると、カリファが俺にその女を紹介した。
「パウリーだ。」
「ナツです。あ……っと。」
その女は、俺が名乗ると、握手でもしたかったんだろうか、細かくなったコーンチップスの山が乗った自分の右手を見て慌てだした。
……その手とは握手したくないな。
とりあえず、握手には気付かなかった振りをして、そこら辺の椅子を引き寄せてテーブルの輪の中に入った。
向かい側に座っているナツを見ると、紙ナフキンの中に手のコーンチップスを全て落とし、おしぼりで丁寧に手の平を拭いていた。
カウンターのマスターにとりあえず酒を注文する。
「おい、ブルーノ、俺にも酒くれ。なんだ、みんなビールか?じゃあ、俺もだ。」
「はいよ。」
「あ、ブルーノ、いいわ。私がそのお皿運ぶ。」
「私も手伝います。」
「あァ、悪いね。」
俺の注文に、料理の皿を持ってカウンターを出掛けたブルーノがすぐにカウンターへ戻った。
カリファとナツがそれに気付いて立ち上がる。
釣られて立ち上がった二人に目をやり、思わず咽た。
「ぶっっっ!!カリファ、てめえ!!なんつー破廉恥な格好してやがんだ!!なんだその布の足りてない服は!!」
「あら。」
「え?……え??」
皿を手にしたカリファは、今気付いたというような顔をし、ナツは戸惑ったように俺とカリファを交互に見た。
そして、改めてカリファの服装をじっくりと見つめたナツは納得行かないと言うように俺に返した。
「えー……いやいや、パウリーさん。たしかにカリファさんの服はセクシーですけど、すごく似合ってますし、いいじゃないですか。」
「そんな事問題じゃねえ!男ばかりの酒場にそんな不埒な格好で来やがって!おまえもだ!!ナツ!!」
と、言ったところで、コイツはちっとも露出が無い事に気が付いた。
ふんわりとした踝まで隠すスカートに、上半身はジャケットを羽織ってる。
「……っと、お前は大丈夫だったな。カリファも、ナツみたいな格好してりゃいいんだ。」
カリファは肩を竦めて席に付き、テーブルの上の皿をずらして手に持った料理をその中に並べた。
ナツも困ったような顔をしながら席に付き、取り皿とソースをテーブルに置いた。
「カリファさんが私みたいな格好してもキャラじゃないですよー。」
「そうじゃそうじゃ、ナツの言う通りじゃ。こんな破廉恥男の言う事なんか気にすること無いぞ。ナツ。」
「ばっ……カクてめえ!」
破廉恥男とか言うな!俺が破廉恥みたいじゃないか!
ナツも、その言い回しが可笑しかったのか、カクの言葉にクスクス笑っている。
「ポッポー。でも、お前がそんな格好しているのも珍しいな。」
ルッチが言った言葉が、最初、誰に向けられているものか分からなかった。
「あー。」と言って少し顔を赤くしたナツを見て、どうやらこの女に向けられたものらしいと理解した。
あれ?ナツはカリファの友達じゃなかったか?
「やっぱり言われちゃった。恥ずかしいなぁ。ほんと、久しぶりにこんな女の子らしいワンピースとか着ました。」
「あら、そうなの?勿体無い。それこそ似合うんだからジャケットもライダースじゃなくって、可愛いショールでも羽織った方がいいわよ。」
照れたようにルッチに返したナツの言葉に、カリファが口を挟んだ。
まるで、ナツの普段着をカリファよりルッチの方が良く知っているような口ぶりだったのに少し違和感を覚えた。
男には良く分からないファッション談義を始めたカリファに適当に相槌を打ちながら、新しい葉巻をとりだす。
外で吸うときのようにキャップを歯で齧り取ろうとして、思い直し、シガーカッターをポケットから取り出した。
葉巻のキャップ部分をカッターで挟もうとした時、手がすべり、シガーカッターがテーブルの下に落ちた。
「あ、やべ。」
テーブルの下を覗き込むと、コン、コン、と小さくバウンドしながら、ナツとルッチの足元の間にシガーカッターが到着した。
「ああ、取りますよ」
「悪ぃな。」
気付いたナツが、テーブルの下に手を伸ばす。
あと少しという所で指が届かず、仕方なく椅子から立とうかと思ったところで、ナツの手を追うように黒い腕が伸びた。
俺のシガーカッターをいとも簡単に拾い上げたその手は、カッターをナツの手に握らせた。
向かい側の席の二人が上体を起こすときに、ルッチがナツの耳元で何かを囁き、ナツがそれに微かに頷くのが見えた。
その様子に思わず息を飲んだ。
体を起こし「どうぞ」とシガーカッターを手渡すナツに、受け取りながらぺこりと頭だけ下げる。
ルッチと出会って2年。
声こそ聞こえなかったが、初めて、あいつの口が動いているのを、見た。
ハットリが、ルッチを差し置いて懐く人間。
ルッチが、口を動かして話す人間。
尤も、あの角度だとナツからはルッチの口元は見えなかっただろうが。それでも。
この2人……何かあるのか?
カリファの友人である他に、何か。
俺は、同僚が垣間見せた新しい一面と、其れを引き出したらしい一人の女に少しだけ、興味を抱いた。
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