No.38
帰りの海列車は行き同様、乗客は私一人のようだった。
楽しい余韻を残した胸を持て余しながらも、ほんのり寂しい気分で窓の外を眺めた。
列車の窓の両端の下に付いたレバーをつまみ、ぐっと力を込めてほんの少しだけ窓を開ける。
途端にさわやかな海風が車内に吹き込み、私の髪の毛を悪戯に靡かせた。
意外と強い風に目を細め、くん、と潮の香りを吸い込んだ。
たった一日。
ウォーターセブンで過ごしたたった一日は、初めて出会う人や物、出来事が津波のように私の中に押し寄せてきて、物凄く短かったけど、この世界で過ごした1ヶ月ちょっとの期間の、どの日よりも濃かったように思う。
駅に降り立った時に見えた巨大噴水も、ヤガラブルも、あの水路脇に立ち並ぶ店も、カリファもカクもブルーノもパウリーも……
ぷぷっ……腹話術をするルッチも……。
実際その時間を過ごしている間は、その津波を受け止めることに必死だったけど、今こうやって落ち着いて思い返すと
改めてその刺激的な出来事の数々にドキドキと鼓動が早くなる。
あの島は、たった一日で私に強いインパクトを残した。
物凄く魅力的な街。人。
耳に心地良い水音。太陽に反射して光る水飛沫。活気ある町並。気の良い店主。空飛ぶカクに美しいカリファ、力強いパウリーに優しいブルーノ。
あと……………………ルッチ。
あの街で働けたら、楽しいと思う。
ただ、ルッチはああ言ったけれど、私がCP9の任務捜査中にその傍で暮らすことに本当に問題はないのか。やはり、それが少し気懸かりだった。
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「長官、ただ今戻りました。」
「お前……。ほんとに1日で帰ってきたな。」
デスクから顔を上げたスパンダムは、ほんの少し目を丸くした。
「もっと長く行ってると思ったんですか?」
「そりゃあな。なんならウォーターセブン以外の島まで足を伸ばして一週間くらい行ってるかと思った。」
「うん、それもいいかなって実は思ってたんですけど、ちょっとコッチでやる事が出来て。」
「やる事?」
「やる事っていうか、考える事かな。あ、これ、お土産です。」
不思議そうな顔をして、私の言葉の一部を切り取ったスパンダムに軽く返し、手に持った紙袋から次々とお土産を取り出した。
水水饅頭にヤガラのキーホルダー、巨大噴水を模したスノードーム、WATERSEVENと書かれたペナントに海列車のマグネット……。
スパンダムは、デスクの上に次々積み上げられるお土産を驚いた顔で見つめていたが、ペナント辺りからうんざりした顔に変わった。
ようやく紙袋の中身が空になり、何も出てこない事が分かると、口端を引き攣らせたままヤガラのキーホルダーを目の高さまでつまみ上げ、しげしげと眺めた。
「あー……ありがとな。」
「もっと嬉しそうにしてください。」
「いや、嬉しい嬉しい。」
「じゃあ手に持ってるキーホルダー、その鍵束に付けてくださいよ。」
「え?……いや、それは……。」
適当に返した彼にむ、として、目の端に映ったごつい鍵束を指差せば、彼の顔色が少し悪くなった。
せっかく買ってきたのになぁ。……まあ、いいか。
「じゃ、私他にもお土産持って行くんでこれで。」
「おお。またな。」
他の雑貨はデスクの端に避けて、水水饅頭の箱を開けているスパンダムにペコリと頭を下げて長官室を後にした。
長官室を出て、階段を下りている途中で、下から任務帰りと思われるジャブラが上ってくるのが見えた。
彼は私に気づくと、一瞬足を止め、またすぐに上りだす。
私たちの間が5段位になった所で、ジャブラが再度私を見て足を止めた。
「よお。どっか行ってたんだって?」
「うん、ちょっと観光。」
彼に返しながら、2・3段階段を下り、彼との距離を少し詰めた。
「ジャブラはお仕事?」
「ああ、まあな。」
私の問いに、少し肩を竦めて返す。
「ジャブラも行こうよ、今度。」
「観光つったって、列車だろ?あんま興味ねえな。ああ、シャボンディなら行ってもいいな。」
「何処そこ?……まあ、いいや。お土産あるから後で部屋に行くね。」
「ああ。」
「じゃね。」
軽く手を振ると、彼も一瞬手を上げて私の横を通り過ぎ、階段を上がっていった。
少し疲れているのか猫背気味の彼の後姿を見送ってから、再度下の段に足を伸ばした。
部屋に着き、沢山の袋からジャブラ宛に買ってきたものを次々取り出し、一つの袋に纏める。
それをローテーブルの上に置いてから、時計を見た。
長官室へ任務の報告に向かったんなら、もう少しかかるだろう。
なら、その前に……。
チェストの上に乗っている電伝虫に手を伸ばす。
週に1・2度は掛けているため、すっかり覚えてしまった番号を指で追う。
数度の呼び出し音の後に、聞き慣れた低い、そして気だるい声が聞こえた。
(はい。こちらクザン。)
「クザン?」
(ナツちゃん?こんな早い時間に珍しいね。)
「ねえ、クザン。会って話したい事があるんだけど、海のサイクリングに連れてってくれない?」
(話したい事……?んー、じゃあ。取り合えず船用意するから、明日こっちへおいで。)
「ん。ありがとう。」
(話したいことって?)
「うん……。」
「…………それは、また明日。」
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