No.39-side:CP9
ナツにこの街での仕事を世話すると提案したのは、決してルッチの為じゃない。
確かに、ルッチに事前に言われていたことが頭に無かったわけではないが、
今回のナツの観光で、その話を切り出してくれと彼に言われたわけではないし、
私自身もそのつもりは無かった。
ただ、彼女と一日一緒に街を回って、本当に純粋に友人になりたいと思ったのだ。
初対面にも関わらず、飾らず、自然体の彼女は魅力的であったし、一緒に居る空気が心地良かった。
一日一緒に過ごして、そのまま別れてしまうには、少し勿体無いと思わせる所が彼女には有った。
「カリファ、この礼はさせて貰う。」
「……何の話かしら。」
社内の廊下ですれ違う際ルッチが発した言葉に、思わず足を止めた。
怪訝そうに彼を見れば、同じく足を止め此方を振り返った彼の顔は、いつも通りの無表情ながら不機嫌なオーラは感じられない。
おそらく彼なりに機嫌が良いのだろう。
「お前のお陰で思ったより事が早く進みそうだ。」
口角を片方吊り上げた彼は、口元を動かさず、低く囁くような声を発した。
まるで私が彼の為に動いたかの様な発言。
じわりと胸の中に気持ちの悪い染みが広がり苛付いた。
「貴方の為じゃないわ。」
眉を吊り上げ頬を緩める目の前の男の顔を見ながら、自分の眉間に力が入るのを感じた。
おそらく、私は今大層険しい顔をしているだろう。
小さく息を吐いて、一瞬目を瞑り、ほんの少しずれた眼鏡を指先で押し上げた。
「それでも、だ。おそらくあいつは近々この島へ来る。」
愉快そうに飄々と紡がれる彼の言葉にひどく不快感を感じる。
ジリジリと胸焼けのようなものが広がり続け、これはもうセクハラだと判断した。
目の前の男を思い切り睨みつけると、彼はもう一度ニヤリと笑みを零し、こちらに背中を向けて立ち去ろうとした。
「ねえ。」
今度は私が声を掛けると、立ち止まり、ゆっくりと振り返る姿。
彼の顔を睨みつけたまま、言葉を続ける。
「ねえ、ルッチ。あなた、彼女を一体どうしたいの?」
確かに、ニホン人は生きているうちに会える事が奇跡の存在といえる。
でも、実際会ってみれば彼女はあまりに普通の女性だ。
彼がここまで執着し、手元に置こうと工面する意味がわからない。
「別にどうするつもりもないっポー。あいつはハットリが連れてきたんだから当然ルッチのものだっポー。自分のものを自分の許に置いて何が悪い。」
私の質問にルッチは、考える素振りすら見せる様子もなく、顎を上げ当然というような顔を見せた。
彼の肩の上のハットリが羽を僅かに広げ、嘴をパクパクと開く。
間違いなく彼自身の言葉であるはずなのに、あたかも肩の上のハットリが意志を持って話しているかのような口調に苛立ちが募る。
「ルッチ、あなたそれ、本気で言ってるならセクハラだわ。ナツの個人を尊重する意思はないの?」
「ポッポー、心外だな。尊重してるさ。すべての決定権はあいつにある。」
ルッチの眉が一瞬歪み、ハットリの翼が参ったと言うように万歳した。
……どうだか。
決定権をナツに委ねていたって、結局は自分の思う通りなるように彼女の周りを固めるつもりのくせに。
彼の言うとおり、おそらく彼女は近い内にこの街へ引っ越してくるのだろう。
そして、私たちの……彼の傍で働き、生活をする。
私の意志でした事が、彼の思惑と合致し、まんまと彼の目論見どおりに事が運ぶ事になったのだと思い出し、ギリと下唇を噛んだ。
「彼女は普通の子だわ……。あなたのモノじゃない。彼女の意思でこの街に来たってあなたのモノにはならない。あの子を縛り付けるような真似はしないで。」
口調は懇願するような物だったが、私にしてみれば釘を刺すつもりで発した言葉だった。
私の心の内を知ってか知らずか、彼はほんの少し笑い、そして肩を竦めた。
「ポッポー。縛るつもりなんかない。あいつは常に自由だっポー。……そう、白い鳩のようにな。」
そして、腹話術の声から一転、低く呟かれた声に、私の不快感は最高潮に達した。
「自由に飛んでいればいいさ。……俺の周りで……。」
ニヤリと深くした笑みを私に投げかけ、今度こそ背中を向けて歩き出した彼を、私はもう呼び止めることが出来なかった。
あの男、仕事のチームだから付き合ってるけど、つくづく友人にはなりたくない。
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