No.40
「あれ?お前、昨日の今日で、また何処行くんだ?」
朝、部屋の扉を開けると、ジャブラが居た。
私が引いているキャリーバッグを見て訝しげな顔を見せている。
「今度は……えっと、帰省?」
「帰省?」
「うん。クザンに用があって。」
「……そうか。」
私の答えを聞くと、ジャブラが複雑そうな顔を見せた。
不思議そうにする私に気づいた彼が、気まずそうに頭をわしわしと掻いた。
「いや。そういえば、お前青キジの親戚だったんだな。」
「……ああ。うん、そうね。」
「あまりに似てないから忘れてた。」
……忘れてた。
つまりそれは、大将の肩書きなしでも私と親しくしてくれるという事で、この島では貴重な事。
クザンの事は大好きで彼の親戚の設定にも不満は無いのだが、私を通してクザンを見る人々の目に、私はもう此処に来てすぐの頃から辟易していたのだ。
積極的に友達を作る気力も沸かないほどに。
やはり、ジャブラは此処の他の人間とは違う。彼と話すとやっと酸素が頭に回る感じがする。
思わず彼の大きな手を取った。
「ありがと。」
「は?なんだ、いきなり?」
驚いた顔で急に握られた手を見る彼にお礼を述べれば、不可解そうな顔で聞き返される。
それには答えず首を振り、手を離した。
「なんでもない。ところで、何か私に用だった?」
「いや、用って訳じゃねーけど、茶にでも誘おうかと思って。」
意外な答えに少々驚き彼を見つめると、「でも、出掛ける所だったんだな」と詰まらなそうに言葉が続いた。
その誘いを断るにはなんだか勿体無いような気がして、少し考えた後口を開いた。
「まだ、時間少しあるから、通り沿いのカフェでコーヒーでも飲む?」
「ああ、そうするか。」
私の提案に、あっさりとジャブラが同意した。
本当は、そろそろ港に軍艦が到着する頃だけど、少しくらい待たせたって問題ないだろう。
ガラガラと引くキャリーバッグを持ち上げて階段を下りようとした所で、ジャブラが私の手から取り上げて担いでくれた。
当たり前になった彼の行動に一瞬動きを止めるが、これに一々お礼を言うと面倒そうな表情をするのは分かっているので、心の中だけで抑えることにした。
−−
カフェのオープンテラスに並んで座り、目の前を通過していく人々を眺める。
私たち2人がカフェに並んで座っているのに気付いた人々は皆一様にギョッとした表情をした。
あからさまに此方を見ないように足早で通り過ぎていく者もいれば、好奇の目を向けゆっくり歩く者も居る。
向かい側のお店からは、店員が2・3人何かを話しながらこちらの様子を窺っているのが見えた。
コーヒーに口を付けていたジャブラが小さく溜息を吐きながらカップを置いた。
「悪いな。」
謝られた理由が分からず首を傾げる。
「お前が悪目立ちすんのは俺のせいだ。」
「……いや、どう考えてもジャブラのせいじゃないでしょ。」
誰のせいかとあえて言うならば、フクロウのせいに決まっている。
カクとカリファに伝わっていたあまりに適当な噂話を思い出した。
彼らにまで伝わっているという事は当然この島の人々にも伝わっていると思って良いだろう。
噂の内容は伏せ、それをジャブラに伝えれば、苦々しい顔をして小さく舌打ちをした。
「ったく、あいつはどうしようもねえな。あの口のチャック、瞬間接着剤でくっつけてやろうか。」
「あはは。良いねえ、それ。」
そうなれば、遠くに住むカリファやカクの所にまで無責任な噂話を撒かれる心配は無い。
ナイスなアイディアに笑いながら賛同すると、彼も笑みを浮べてふっと息を漏らすような音を立てた。
ほんの少し笑いを引きずった後、ジャブラから目を逸らす。
歩く人々の中から視線を感じた気がしてなんとなく探すと、衛兵の制服をきた青年が遠くの門の傍でこちらを見ているのに気が付いた。
私と目が合うと、甲を外側に向けた手の平を額に翳す。
衛兵の敬礼に返す事なく、しかし目を離さないまま、口を開いた。
「悪目立ちは、ジャブラのせいじゃないよ。」
「ああ、わかったって。フクロウのせいなんだろ?」
「……ちがうよ。」
ジャブラの言葉に返した声が、自分で思った以上に冷たい声だった事に少し慌てた。
怪訝そうなジャブラの視線を横顔に受けながら、まだ私に敬礼を解かない衛兵から目を離す事が出来なかった。
ジャブラが、私の視線の先を辿ろうと、顔を上げたのを感じ、慌てて目を逸らす。
店内の壁面に付いた黒いアイアンの時計を見上げる。
「そろそろ、行こうかな。」
「そうか。じゃあ、外に出たついでだから港まで送ってやる。」
「ありがと。じゃあ、ここのコーヒー代奢ってやる。」
「おお、サンキュ。」
ジャブラが、私の言葉にキャリーバッグを持ちながら立ち上がった。
彼の口調を真似しながら財布を取り出す。
それにニカっと笑いながら礼を言った彼は、尖ったサングラスを額から目の上に下ろした。
港には、やはり既に小さめの軍艦が到着していた。
私の姿を確認すると、ぞろぞろと10人くらいの海兵が艦から出てきて整列をした。
「すげえ待遇だな。」
ジャブラの呟きに苦笑を零す。
これからマリンフォードまで彼らに付きまとわれることを思いうんざりした。
「ん。」とジャブラの持つキャリーバッグに手を伸ばす。
それに気付いたジャブラが取手を此方に向けて手を離した。
「ありがと。じゃあ、行くね。」
「……おう。」
キャリーバッグを手にし、片手を上げた私にジャブラが乱暴に返す。
彼に背を向け、数歩歩いたところで「ナツ。」とジャブラが私を呼び止めた。
「何?」
首だけ振り向き、彼を見る。
サングラスを片手で外した彼の顔は、なんだか怒っているような、悲しんでいるような顔に見えた。
「……ジャブラ?どうしたの?」
思わず、今歩いた道を引き返し、彼に近づく。
「ナツ。」
「ん?」
「……お前。帰って来るんだよな?」
「……え?どうしたの?」
「青キジの所へ行ってそのまま戻ってこねえって事は……ねえ……んだ、よな。」
急に彼に言われた言葉に少し困惑する。
「ないよ?ほら、持ってる荷物もこれだけでしょ?」
言いながら、手元のバッグに目線をやると彼もチラとバッグを見てから、少し安心した顔をした。
「ああ、だよな。悪ぃ。変な事で呼び止めちまって。」
眉を歪め苦笑しながら謝る彼の顔を覗き込み、笑顔を作る。
「ほんとだよー。変なジャブラ!」
ポンと彼の肩を叩いてから、軽く挨拶をし、再度彼に背を向ける。
海兵に荷物を預け、軍艦に乗り込もうと足を伸ばしたところで、振り返った。
ボトムのポケットに手を突っ込んで此方を見ていたジャブラが片手を上げ、それに手を振り返してから軍艦に乗り込んだ。
ジャブラが私を呼び止めてまで確認してきた言葉は正解ではなかったが、私の心を動揺させるには十分だった。
軍艦の中の広い客室で、ソファーにごろりと横になり、煩い鼓動を落ち着かせるように、ふーと長い息を吐いた
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