No.41




「ナツちゃん。」

「クザン!!」


マリンフォードに到着したと連絡を受け、甲板へと出てみれば、船の外にこちらに向けて手を振る長細い姿があった。
思わず駆け出してしまい、周りの海兵が慌てているのが目の端に映った。
走る私を追いかけようとする海兵は無視して、船の端まで駆け寄る。
甲板の手すり越しにクザンの前に辿りつくと、彼の長い腕が伸ばされ、私の目の前に大きな手のひらが広げられた。
嬉しくなってその手に自らの手を重ね、彼に抱きつくように船から飛び降りた。


「おっとっと、危ない。……ちゃんとタラップから降りてきなさいよ。」


体当たりをするように飛び込んだ私を受け止め、ゆっくりと地面に着地させてくれる。


「だって、クザンが手を貸してくれたんじゃない。」


首を反らせて高い位置にある顔に向けて返事をする。
頭をふんわり撫でる感触に、心が温まるのを感じた。

週に数回電話で声は聞いているが、実際会うのは約1ヶ月ぶりだ。
見上げて目を合わせれば、厚い唇が緩み、厳つい目が穏やかな色を滲ませ私を見下ろす。


「久しぶり、クザン。」

「ほんとにね。もっと会いに来てよ。おじさん寂しい。」

「またまた、すぐそういう事言うんだから。」

「いや、ほんとに。……髪、伸びたんじゃない?」


相変わらず、子ども扱いしているのか大人扱いしているのか分からない態度の彼に、恥ずかしさや呆れよりも懐かしさが先に溢れた。
髪を撫でていた手が肩を抱き、歩くように促される。
スマートなエスコートに、不覚にも少しドキっとする。


「ナツちゃん、俺の部屋にアイスあるよ。それとも、ケーキがいい?」

「……。」


やっぱり、子ども扱いだったようだ。

−−

バニラアイスにエスプレッソを少量掛けて、アイスがとろけた所からスプーンで掬って口に運ぶ。
目の前のクザンは、ゼンマイ仕掛けのヤガラブルの木のおもちゃをカタカタ動かしながら水水饅頭を頬張っている。


「なんか……お土産、素直に喜んでくれたの、クザンが初めてかも。」

「え?なんで?いいじゃない、コレ。シュールで。」


シュール……そんなの狙ったつもりはない。
私から「ありがとう」と受け取った瞬間にゼンマイの螺子を巻いているから、てっきり喜んでくれたのだと思ったのに。
もしかして、私、お土産センスないのかしら。
軽くショックを受けながらアイスに視線を移し、スプーンを差し込む。
カタ、カタ、カタ、と木製のヤガラブルが揺れながら視界に入り、コツン。とガラスの器にぶつかった。
その僅かな振動で、緩く溶けたバニラアイスはスプーンから落ち、器の中で小さくクラウンの形を作った。
顔を上げると、テーブルに肘を付いてこちらを見つめているクザンと目が合った。

真剣な彼の表情に首を傾げる。


「で?」


少しだけ、表情を緩めてクザンが口を開く。
一文字の問いの後に続く言葉が「話しって何?」と言う事なのだろうと理解するが、どう話そうか迷い、僅かに俯き、考える。
頭の天辺にポンポンと優しく手のひらが当たり、再度目線を上げてクザンを見た。


「不安がらなくて良いよ。……で、どんな能力だったの?」

「……は?」


何の話?
本気でキョトンとしている私の顔を見て、クザンが少し眉根を寄せ首を傾げた。


「え?能力が覚醒したんじゃないの?」

「……違うよ?」

「え?なんか、空飛べるとか、火が出るとか、なんか……ないの?」

「ないよ?なにも!全然!」


顔の前でブンブンと手の平を振る。
呆けた表情で数秒固まったクザンが、はぁーと大きく息を吐きながら、ダラリとテーブルの上に上半身を横たえた。


「なんだよー。昨日真剣な声で『話したい事があるんだけど』なーんて言うから、絶対能力が覚醒したんだと思った。」

「あ、ごめんね。期待に添えられなくて。」


能力のことなんか忘れていた。
なんだか申し訳なくて謝ると、クザンが慌てたように顔を上げた。


「いいのいいの!いいんだ。逆に安心したよ。俺、心配だったのよ。ナツちゃんが持て余しちゃうような大変な能力だったら……とかさ。」

「……そっか。うん、ありがとう。」


ただ、無人島で拾っただけ。
たったそれだけの義理でしかないのに彼はこんなにも私を案じてくれている。

テーブルに這わせた腕に頬を預け、上目遣いで私を見るクザンに手を伸ばした。
長い前髪が横に撫で付けられ、露になった額が目に入る。
くるりとした産毛が小さくピョンピョンと跳ねる、前髪の生え際を撫でた。
いつも撫でてもらうばかりの彼の頭を撫でるのはなんだか変な感じだ。
クザンも驚いたように動く私の手を、見開いた目で追っている。


「ね、クザン、サイクリング連れてってよ。」


昨日、約束したでしょ?と微笑んで言った。
クザンも私に釣られるように口角を上げ、ゆっくりと体を起こした。


「喜んで、お嬢ちゃん。おじさんのとっておきのスポットに案内しちゃう。」


おどけて言いながら立ち上がったクザンが、恭しく腰を曲げダンスに誘う紳士のように片手を私に差し出した。


「お手をどうぞ?お嬢さん。」

「ありがとう、お兄さん。」


その様子にクスクスと笑いながら、出会ったときの呼び方で彼を呼び、その大きな手の平に自分の手を乗せる。

いつもより高い位置で手を握られ、そのまま部屋の入り口へと歩く。
大きな扉を彼が開けた瞬間、「ドサリ」と音がして、2人同時に立ち止まった。
音がした方へ目を遣れば、クザンのデスクの上の書類の山が大きな雪崩を起こし、デスクの下にまで結構な枚数が落ちていた。

ゆっくりと目を見合わせ、困ったように苦笑をするが、どちらも出かけるのはやめて仕事をしようとは言い出さなかった。


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