No.42




「ああー……気持ちいいー……。」

「言ったでしょ。とっておき。」


小高い丘があるだけの小さな小さな無人島で、芝生の上に足を投げ出し大きく伸びをした。
私の横で手の平を頭の後ろで組んで横になったクザンが得意そうな声をだした。
憎まれ口の一つでも返したいところだが、思わず素直に同調する。


「ほんと、クザンの能力が初めて羨ましい。」

「いつでも連れてきてあげるよ。でもこの場所は内緒な?」

「はいはい。サボる場所がなくなっちゃうもんね?」


少し厭味を込めて、からかうようにいった言葉は「そうそう。」と至極真面目に頷かれた。

クザンの横で凪ぐ海を眺めていると、彼はアイマスクを付けて眠り始めてしまった。
たまに吹く爽やかな風が、穏やかな海に白い波を立て、私の髪をパラパラと流す。
私に能力が生まれていないと分かったら、クザンは何も聞かなくなった。
きっと、私から話し出すのを待っているんだと思う。
こういう所が、優しくて大人だと思う。


「クザン。」

「……。」


本気で寝ているのだろうか。
……寝ていても、いいか。独り言になっても……。
彼の返事がないのにも構わず、言葉を続けた。


「ねぇ、クザンはエニエスロビーの後、私をどうしようと思ってた?」

「……。」

「ずっと、あそこで塔の中に閉じこもっているわけにはいかないから、そろそろ、私はこの世界の住人になるよ。」


「――そうか。」


寝ているのだと思っていたから、急に返事があったのには驚いた。
見下ろすと、アイマスクを少し押し上げて私を見上げているクザンと目が合った。


「起きてたの?」

「俺は、睡眠が浅くてね。寝てても話は聞いてるよ。」

「……すごいね、その技。」


彼じゃなければ習得できなそうな技に呆れと感心が半々の気持ちで彼を見つめた。
クザンは仰向けだった状態から、ごろりと私の方を向き、片肘を地面に付いて頭を支えた。


「で、エニエスロビー、出るの?」

「……って、思ってるんだけど……。」

「ふーん、そう。」


彼の表情はずーっと穏やかで何を考えているのか全然つかめない。


「クザンは、私を何処に住まわそうと……考えてた?」


クザンが、ほんの少し空を仰ぎ見てからまた私に目線を戻した。


「……何にも。」

「何も??」

「うん、ナツちゃんの好きにしたらいい。」

「いいの?クザンの近くで海軍になったりしなくていいの?」

「いいよ。それに、ナツちゃんに海兵は無理でしょ?」


特別考える事もなく簡単に答えを寄越す彼に、少し不安を感じる。
膝を揃えて、隣に居る彼の方へ体ごと向けた。


「だってだって、そんなこと言ったら、クザンの目の届かない所へ飛んでいっちゃうかもよ。」


少しムキになって彼に言った。


「そんな寂しい事言うなよ。」


眉を下げ、困った顔で目線を寄越す。
困った顔のクザンと目が合い、思わず眉を下げて俯けば、小さく苦笑をして頭を優しく撫でられた。


「ナツちゃん。……ねえ、ナツちゃん、顔上げて?」


俯いた頭の上から掛かった言葉にそっと目線を上げる。
相変わらず眉が下がったまま……でも優しく笑ったクザンが私の顔を覗いていた。


「ナツちゃんさ、俺の目の届かないところへ飛びたかったら飛んでいったらいいよ。」


彼が口にした言葉に思わず目を見開く。
驚いた私の顔が面白かったのだろうか。彼は少し笑って言葉を続けた。


「でもね、俺を甘く見ないでね。一応これでもさ、海軍大将だから。お前さんが、この世界のどこに飛んでったって、何処に居たって耳に入ってくる。」


私の頭に置いたままだった大きな手の平が、また優しく動き出した。


「この一ヶ月の間も、ナツちゃんの噂は俺の耳にも入っていたよ。」

「噂って……まさか、クザンにまでジャブラと私が付き合ってるって話が……?」


クザンが私の噂なんて言うから、てっきりフクロウ発信の例の噂なのかと思い尋ねると、途端にクザンがフリーズした。
どうやら、彼は初耳だったらしい。余計な事言ってしまった……。
数テンポの間を置いて、動き出すが、強張った表情のままだ。


「え?は?!何それ!!ジャブラって、あの狼?!!付き合ってんの?!」

「付き合ってないって!ただの噂!!」


ものすごい形相で話に食いついてきたクザンに驚き必死で否定する。
「なんだ……」とあからさまに安堵を見せた彼に、こちらもほっと息を吐いた。


「俺が聞いたのは、あー、アレだ。青キジの姪御様は少々人見知りらしい。お部屋からあまりお出にならないらしい。……とか、そういうこと。」

「……ああ。」


「今日はお一人でお買い物をされていたようだ。CP9の方以外には心をお開きにならないらしい。……そうなの?お嬢ちゃん?」

「失礼ね、もう誰彼構わず人見知りする歳じゃないもん……。」


エニエスロビーにいる間、外を歩く度に受けたあの視線を思い出した。
そして、ほんの今朝、遠くに立つ衛兵が私にしてきた敬礼。


「もちろん、それがお前さんの本質だなんて思っちゃいないさ。あの島は特殊だ。一般人が居ないから俺の名前が一人歩きする。普通の島へ移住すればナツちゃんも暮らしやすくなるよ。」


何もかも察しているかのような口ぶりの彼に、私は言葉を失っていた。


「ごめんな。俺のせいで苦労をかけたな。やっぱりナツちゃんの事はマリンフォードに居させるべきだった。」

「そんなことっ。」


そんなこと無い。
たしかに不愉快になることも無かったといえば嘘になるが、苦労のうちに入らないくらいクザンには感謝しているのだ。
クザンの白いスーツの袖を掴み、頭の上に彼の手が乗っているのにも構わずブンブンと大きく首を振った。
上質なスーツはきっとこんな風に握ったら生地が傷んでしまうだろうし、皺になりかねない。
でも、彼は私の手を振り解くことも拒む事もせず、ただ、私の顔を優しく覗き込んだだけだった。


「どこに住むか決めてるの?」

「……ウォーターセブン。」


私がその地名を口にした瞬間、クザンの顔が険しく歪んだ。


「ロブ・ルッチが何か言ったのか?」

「ルッチさん……?違うよ?カリファさんて人と仲良くなったの。彼女がお仕事とか紹介してくれるって。」


クザンの険しい顔は緩んだが、そのかわり、上を見上げ考えるような顔をした。


「……カリファ……?ああ、あの気の強いボインの姉ちゃんか。」


……まあ、合ってるけど、その覚え方ってどうなの。
クザンはどこまで行ってもクザンのようだ。
クザンはしばらく空を仰ぎ見て何かを考えていたようだったが、しばらくすると小さく頷いた。


「まぁ、色々引っかかる事はあるけど、すぐに行けない距離じゃないし大丈夫でしょ。」


そして、私を見て笑顔を見せる。


「ナツちゃん、その代わり、何かあったら必ず俺を頼る事。……いい?」

「……うん。」


頷きながら、彼に向けて両腕をいっぱいに伸ばした。


「ありがとう、クザン。私、あなたに拾ってもらって良かった。」


そして、大きな彼の体に腕を回して抱きついた。
沢山の感謝の気持ちを込めて……。


「あらららら。まいったな、こりゃまた。おじさん照れちゃう。」


おどけた口調で言いながらも、私の背中を優しく擦ってくれる。
どこまでも優しい大きな手の温もりを、彼のお腹に額をくっ付けたまま感じていた。


[*prev] [next#]

ALICE+