No.43




「今度は、コレ。この欄に今日の日付と、その下の枠にさっき渡した確認印を押してね。」

「……こんなに沢山?!」

「まったくさぁ。こんな些細な報告書、大将にまで回すこと無いよね。」

「まさか、内容見てないの?」

「見たよ?ざっとね。」


……ざっと、ね。
こんな上司で本当にいいのか。海軍諸君!!
今の今まで目さえ通してもらえなかった可哀想な報告書の束を受け取りながら小さく溜息をついた。

全ての報告書の確認欄には、既に“Sakazuki”と“Borsalino”と書かれた確認印が押してある。
しかも、それぞれの印が押されたのは一週間以上前の日付だ。
お会いしたことは無いが、この判子の2人がクザンと並ぶ海軍の3大将である事は学んだので知っている。
同じ大将なのに、どうしてこうも違うものか。
葉っぱの形を模ったシルバーのペーパーナイフで、山のような封筒を次々と開封していくクザンを横目で睨みつけて、ローテーブルの前に座り込んだ。

ポン、ポン、とリズミカルに“Verified-Kuzan-”の判子を次々押していく。
全て判子を押し終えたら、乾いた順に万年筆で日付の記入。
報告者の名前の欄には“中将”や“大佐”などの大層な役職が書き連ねてある。
まさか、この中将殿も懸命に書いた報告書がこんな小娘に確認印を押されるとは思わなかったであろう。
私が悪いんじゃないのに、妙に申し訳ない気持ちでペンを持つ手に力を込めた。


「クザン、こっち終わりー。」

「ありがと。じゃあ、これシュレッダーかけて。」

「手紙じゃん。いいの?」

「ああ、それね。招待状がほとんどなの。期日が過ぎちゃってたやつと行く気のないやつだから。」

「あ……そう。」


期日が過ぎてたとか……いや、もう、何も言うまい。


「終わったら、ケーキ食べようね。」

「うん、頑張ってね、クザン。」

「はーい。」


受験生の女の子のように、甘いもので自らを釣るクザンに感情を込めない口調で激励を述べ、美しい封筒や便箋をシュレッダーで切り裂く作業に手を付けた。


−−

――コキ。

クザンが首に手のひらを軽く当てて傾げ、乾いた音を立てた。
尚もクルクルと首を回しながらクザンが口を開く。


「あー、疲れた。もう、俺しばらく仕事しない。」

「クザン……私、真面目に生きる。」

「え、どうしたの急に?」

「怠けるって、大変なんだね。こんなに後にしわ寄せが来るなら私、地道に生きるよ。」


クザンの向かいのソファーに腰掛け、片手で額を覆って目を瞑りながらクザンに宣言した。
毎日毎日少しずつこなしていたら、絶対にこんな事にはなってないはずだ。
現に、溜まりに溜まった書類の数々を捌く彼は、かなりの手際の良さだったし、2人掛かりだったとはいえ、あの量をたった半日でこなしたのだ。

先ほどクザンの注文にケーキを運んできた女性の海兵さんが、私の前にオレンジソースが掛かったオペラのケーキを置きながら、溜息を吐き出すように「お疲れ様でした。」と囁いた。
きっと今日の私の苦労は、普段の彼女の苦労なのだろう。心から労われたその囁きに、返すことが出来ない。

テカテカとチョコレートでコーティングされたケーキはそのままに、温かい紅茶を一口飲んで溜息を吐く。
向かいに座るクザンが生クリームに包まれたシフォンケーキをためらいも無く皿の上で倒し、そこにフォークを刺した。
一口にしては大きい欠片に切り取ったクザンは、其れをあっさりと口の中に迎え入れながら私を見た。


「いや、ナツちゃん。なかなか仕事速いから助かったよ。どう?W7なんか行かないでここで働かない?」

「マジ勘弁してください……。」

「ひどいなぁ。ナツちゃん来てくれたら沢山色んな所に連れてってあげるのに。」

「クザンとのお出掛けはたまにだから良いの。それに私が来たら絶対、クザン今以上に仕事しなくなるよ。」


モグモグとケーキを咀嚼しながら唇を尖らすクザンに言葉を返せば、彼は「俺の事を良く分かってるねえ。」と笑った。
疲れたと言いながら、なんだかんだ元気そうなクザンを横目に、本当に疲れた私も糖分を摂取させてもらうことにした。

小さな金箔で飾られた美しいケーキは、最初にふんわりとオレンジソースとチョコレートの甘さが広がり、その後にコーヒークリームのほんのりとした苦味で口の中が中和された。
甘すぎない、上品なケーキだ。


「このケーキ美味しいね。」

「よかったね。女の子って好きでしょ。こういうの。」

「クザン、よくこういうの食べるの?」

「一人じゃ食べないよ。今日もナツちゃんが居るから食べるんだし。」


はいはい。つまり、女の子と一緒に食べてるわけね。
そういえば、クザンの部屋に居ると、仕事を持ってきたり、私の面倒を見てくれたりする部下は揃いも揃って美しい女性なんだったと思い出した。

部屋から一歩外に出ると、ほとんど男性しか目に付かないこの海軍本部で、これだけ女性が集うのは珍しいんじゃないだろうか。
実際、彼はモテるんだろうと思う。
かなり規格外サイズだけど長身でスマート、変人だけど優しくて、変な頭だけどハンサムで、仕事サボるけど組織のトップクラス。
うん。やっぱり、彼の許で暮らすという選択はない。
この世界の愛すべき後見人を、20歳過ぎたコブ付という理由で結婚の可能性から遠ざける趣味はない。

私は、自分が選んだ選択肢が間違って無かったと満足し、冷めつつあった紅茶を一気に飲み干した。


「あーああ。ほーんと心配。」


食べ終わってすぐにゴロリとソファーに横になったクザンが間延びした声を上げ、私はそれに首を傾げる。


「何が?」

「だって、希望してる職場は男だらけでしょ。しかも観光地だし、造船島だから海賊だって寄る。しかも、一人暮らし。隣人が変態のストーカーだったらどうする?!あー、心配。」

「はぁ……。クザンて、私の親より過保護。」


呆れた目で彼を見つめれば、彼は珍しく不機嫌さを目に滲ませて私を見返した。


「ナツちゃん、女の子なんだからちゃんと危機感持ってよ。」

「日本では高校をでてから6年間、一人暮らしして自活してたの。心配しすぎ。」

「でも、ニホンとここは……」

「クザンは私の心配より、あなたの周りの彼女を一人に絞る事に専念してよ。」

「……なっ!!」


どこのお父さんかと思うような説教が始まりそうな気配を感じ、確信が有った訳ではないが前から薄々感じていたことを突っ込むと、クザンが驚いた表情で、ガバッと起き上がった。


「え……?誰に聞い……え?知って……?」

「ん?」

「………………。」


何か言葉を探しているのか、パクパクと口を開けたり閉じたりしていたが、「ゴホン」と一つ咳払いをしてから目を瞑り小さく息を吐いた。


「……とにかく、部屋が決まったら住所報告して。あと、電話は今までどおり定期的にね。じゃないと、俺、ウォーターセブンに会いに行っちゃうからね。」

「はいはい、仰せの通りに。お兄さん。」


にっこりと笑顔でクザンに返すと、彼は横を向き、肩を竦めながらバツが悪そうに後頭部をポリポリと掻いた。


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