No.44




「そうか。」


珍しくコーヒーカップをひっくり返さないスパンダムに驚いた。


「あれ?長官、驚かないの?」

「……まあな。お前が此処に来たときから長くは居ないだろうと思ってたしな。」

「あは、ああ……そうですよね。むしろ思ってたより長く居過ぎちゃった感じ?」


眉を上げ、私の問いに返したスパンダムの答えに、そりゃそうだ、と笑いながら同意した。
マリンフォードからエニエスロビーに帰ってきて、荷物を部屋に置くよりも先に長官室へやってきた。
私の中で決定したことを、彼に伝える事が何よりもの優先事項だと判断したのだ。


「最初は煩わしかったけどなー。」

「……でしょうね。長官分かりやすいから、それは知ってましたよ。」


今だから、なのだろう。1ヶ月前の感想を正直に述べる彼の言葉に、笑いが漏れる。
当時を思い出し、クツクツと笑う私を、彼は真面目な顔で真っ直ぐ見つめた。
それに気付き、笑うのをやめ、私も彼を見返す。


「今は煩わしいなんて、思っちゃいねえよ。お前が言い出さなきゃ、このまま此処にずっと置いてやってもいいと思ってたくらいだ。」


その言葉に、驚き、思わず彼を見つめる目を見開いた。
彼なりに私の事を考えてくれたのだと初めて知り、驚きと共に感謝の念が胸に広がる。


「ありがとうございます。」


頭を下げ、腰を折り、丁寧にお礼を述べると、彼の真剣な目元がふっと緩んだ気がした。


「服とか、必要なものは持っていけばいいが、お前の部屋はそのまま取っておいてやる。仕事がクビになったら帰ってこい。」

「ありがとう、長官。……でも、就職する前からクビになるとか、言わないで。」


心から感謝しながらも、彼の余計な一言に眉を下げて言い返す。
私の言葉に、スパンダムが可笑しそうに笑った。


「じゃ、失礼します。ね。」

「おう。」


私が軽く頭を下げると、それに応えるようにスパンダムが片手を上げた。
踵を返し、ドアの取っ手を捻ったところで、スパンダムに呼び止められる。


「あ、ナツ。」

「何ですか?」


首だけ捻って彼を見ると、彼は万年筆をクルクルと手元で回しながら、デスクの上の書類からチラと目を上げ私を見た。


「そういえば、お前、何処の島に引っ越すんだ?」

「…………え?」

「やっぱり青キジ殿の計らいで引っ越すんだろ?何処の島だ?」

「あれ?……えっと……。」


何故か当然知っているものと思い込んでしまっていたが、肝心な事を伝え忘れていたようだ。
ドアの取っ手から静かに手を離し、また、彼のデスクへ足を向けた。


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