No.46-side:LUCCI
本日3件目の不動産屋が、禿げた頭に大粒の汗を浮べながら12枚目の物件の資料を差し出した。
「ここは、もうね、言う事なしでお勧めですよ!なんたって市場に近い、何処に行くにも交通の便が良い。
窓から望む景色も絶景で、しかもこの部屋はアクアラグナの被害も受けません。
それでこの値段ですよ?この周辺は治安もいい上に、アパートメント自体のセキュリティも万全です。
間取りも……悪くないでしょう?どうですか!!」
どうですか!と言いながら大きく頭を振るものだから、滑りの良さそうな頭から水滴が吹き飛んだ。
その光景に体を仰け反らせて少々眉を顰めてから、差し出された資料を手に取った。
建物の所在する地図に目を通し、間取りを細かくチェックする。
悪くはない。
……悪くはないが、どこか違う。
溜息を吐き、資料やファイルが散乱した不動産屋のデスクの上に、ポンとその資料を置いた。
前のめりになって俺の表情を伺っていた不動産屋が見るからに落胆したのがわかった。
「ポッポー。以上か?」
「……以上です。」
不動産屋が、ガクリと項垂れながら力なく答える。
……まぁ、多分駄目だろうが……と思いながらバラバラに重なった書類の中から3枚手に取り、立ち上がる。
俺が紙を手にした瞬間、項垂れていた不動産屋がガバッと顔を上げ、小さな目と艶のいい頭に光が戻った。
「まぁ……検討してみるっポー。」
「よろしくお願いしますっっ!!」
直角に腰を曲げた親父の、こちらに向けられた光る頭を一瞥し、不動産屋を後にした。
部屋に戻り、ダイニングのテーブルの上に3件の不動産屋で貰った物件資料を広げる。
……ここは、会社から遠い。
……ここは、部屋自体は最上階にあるものの、1・2階部分はアクアラグナで冠水する可能性がある。
……ここは、値段の割に狭い。
……ここは、アパートメントの入り口が裏通りに面している。
……ここは、セキュリティが……
……ここは、収納が……
……ここは、……
だめだ。
全て悪くはないが、完璧ではない。
どこも、俺の住む部屋に比べると劣る。
……
…………そうか。
なんだ、簡単に解決できる問題だったじゃないか。
すぐに電伝虫に手を伸ばす。
(はい、もしもし?)
「俺だ。」
(詐欺ですか?)
「……何がだ?」
(……嘘です。ごめんなさい。ルッチさんどうしたんですか?)
「いや、その部屋に居るならいい。2時間後に行く。出かけるな。」
(え?来るって……エニエスロビーに?)
「そこに居ろ。」
(え?なん……)
−ガチャ
向こうが言葉を言い終わらないうちに通話を切り上げ、電伝虫を棚に放る。
テーブルの上の書類をまとめて、全てダストボックスに放り入れると、デスクから一枚の何も書かれていない紙を取り出しスケールを当て線を描き始めた。
−−
「え?住む部屋?」
コーヒーを淹れていたナツが、ドリップしていた手を止めて此方を振り返った。
「ああ、まだ決まっていないだろう?」
「ええ。全く。水曜日にお仕事の事でカリファさんから呼ばれてるので、その時に不動産屋さんを回ろうと思っていました。」
「アイスバーグさんに会うんだろう?そんな時間はないんじゃないのか。」
「ええ?そうなんですか?」
嘘だ。
忙しいアイスバーグさんに会うっていったってほんの短時間だろう。
後は、カリファに紹介された事務の人間から仕事の流れ等の説明を受けるくらいだ。
しかし俺の言葉を真に受けたナツは、少し焦った顔になった。
「じゃあ、日帰りのつもりだったけど、今からでもホテルをとって……。」
「この部屋はどうだ。」
ぶつぶつと日程調整を始めたナツの目の前に、一枚の資料を差し出した。
考えるのを中断させたナツは、その資料を受け取り、目を通す。
「わ。広い部屋ですね。……でも私、ここを出たらクザンに頼らずお給料の範囲で生活するので、こんなに大きな部屋、一人では……。」
「条件欄をちゃんと見ろ。」
「条件……ああ、シェア物件なんですね。……ふーん。」
「気に入らないか?」
「いえ、すごく良いと思いますけど……。でも、こんなに広いのに3万5千ベリーなんて破格じゃないですか?普通、この値段じゃワンルームも借りれませんよね。」
「それぞれの部屋に鍵も付いてる。」
「……ですね。うわ、しかも家具付き?……こんなに条件が良いと、逆になんか……。」
「で、どうするんだ?決めるなら早く決めないと先を越されるぞ。」
「やっぱり、競争率高いんですね。……あ、あああ、コーヒー忘れてたぁ!」
中途半端に冷めてしまったコーヒーポットに気付いたナツが情けない声を上げた。
大きく溜息を吐いてからケトルに水を足して火に掛け直したり、ドリッパーに新しいペーパーフィルターをセットしたりしている。
慌ただしく動くナツに静かに声を掛けた。
「決定ってことで良いか?」
「え?あ?はい。あー、ごめんなさい、ルッチさん、すぐにコーヒー淹れなおしますので。」
俺の問いはあまり耳に入ってないようだったが、確かに肯定の返事を返した。
こいつの住む家は決まった。
安堵の溜息を吐いて、ガチャガチャと慌しくコーヒーを淹れるナツを眺める。
「おい、ゆっくり淹れろ。急いで淹れたコーヒーは飲めたもんじゃない。」
俺の声に動きを止め、顔を上げたナツは、ようやく落ち着いたように笑った。
「確かに、そうですね。じゃあ、ちょっと待ってて下さい。」
数分後、部屋中が芳しいコーヒーの香りでいっぱいになった。
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