No.47
大きく“1”と書かれた扉を前にして、私は途方にくれていた。
以前、ウォーターセブンに来た際、パウリーを此処まで送った事があるため、当然のように此処に来てしまったのだが、そこに書いてあったのは「AuthorizedPersonnelOnly(関係者以外立ち入り禁止)」の文字。
誰か明らかにガレーラの従業員と分かる人が居れば聞けるのだけど……。
「と、いうか、私は“関係者”に分類されるのだろうか……。」
いや、まだ会社と契約を交わしたわけじゃないし、全くの無関係者だろうな。
……さて、どうしたものか。
カリファとの約束の時間は迫っている。
怒られるのを覚悟で、入ってしまおうかと、工場内と道路を区切っている柵を跨ごうとした所で、ヒュンと目の前に何かの影が現れた。
「こらこら、ちょっと待つんじゃ。」
パッと手品のように現れた人影が、トン、と私の額に指を当てた。
「え?」
「……ん?あれ?!ナツか?!」
聞き覚えのある声に顔を上げると、人影も顔を上げ、元々丸い目をますます丸くした。
「え?カク……?」
「なんじゃ!!本物か?!なんで居るんじゃ?どうしたんじゃ?久しぶりじゃのう!!」
人影……の正体のカクは、私の両腕を掴み、こちらが答える隙もなくテンション高く質問を投げかけた。
「カク、久しぶり。良かった。カリファさんとお約束してたんだけど、何処から入ればいいのか分からなかったの。」
困っていたところで現れた顔見知りの存在に安堵する。
ほっと息を吐く私にカクは首を傾げた。
「約束?仕事中にか?」
「うん、まぁね。あ、あのね、会社ってどこから入るの?」
「此処は工場の入り口じゃ。会社の正面口はあの角を曲がった通りじゃよ。」
道路の先を示すカクの指先を目で追って頷く。
「そっか、分かった。ありがとう。」
「……なんじゃ?会社見学か?」
「そんなとこ。……じゃあ、カクまたね?」
カクの質問に曖昧に答えて笑い、手を振って歩き出す。
「ナツー今度はゆっくり飲もう!」と後ろから声が掛かり、再度振り向き大きく手を振った。
−−
教えられた通り曲がり角を曲がると、大きな建物が現れた。
……ここが、ガレーラカンパニー。
想像以上の規模の大きさに怯みそうになるが、自らを奮い立たせて正面玄関を入った。
「いらっしゃいませ。」
私が扉を開けた瞬間、受付の内側に座っていた美しい女性が、立って出迎える。
ドキドキしながら、美しい受付嬢へ声を掛けた。
「あの、10時に社長秘書のカリファさんとお約束をしているウミノナツと申します。」
「はい、承っております。ただいま連絡を取りますので、そちらへお掛けになってお待ちくださいませ。」
笑顔で示されたロビーのソファーへ腰を掛ける。
すぐに「ただ今参ります。もう少々お待ちください。」と声が掛けられた。
会社の取次ぎは、どこの世界でも変わらないものらしい。
日本でOLだった時に戻ったような錯覚を起こしてしまった。
「ナツ。」
名前を呼ばれ、慌てて立って声の方を振り向く。
髪をひっつめて、お団子に結ったカリファが、髪の青い男性と並んで此方に向かって歩いてきた。
「カリファさん。久しぶりですね。」
「ほんと、電話はしているけど会うのは久しぶりね。」
私の挨拶に緩やかに微笑むカリファは相変わらずの美しさだ。
カリファが青い髪の男性を向く。
「こちらが、お話した子です。」
「ンマー。お前がナツか。」
男性は、予め私の話を聞いていたらしい。
というか、社長秘書のカリファが並んで歩く人って、もしかして……。
カリファが、私を向いて、手の平を青い髪の男性へ向けた。
「ナツ。この方が、この街のボスで、我が社の社長のアイスバーグさんよ。」
……やっぱり!!
もしかして、と思ったが、実際そうだと分かると急に緊張する。
ピッと背筋を伸ばして慌てて頭を下げた。
「は……はじめまして!ウミノナツと申します。」
「ンマー、よく来た。……とりあえず、座りなさい。」
アイスバーグが先ほどまで私が座っていたソファーを指し示した。
カリファを見ると、彼女が申し訳なさそうな顔を向ける。
「ごめんなさいね、アイスバーグさんはお忙しいからこのままロビーで。この後のナツの案内は他の者に任せる事になってるの。」
「そうなんですか。」
カリファの話に納得し、頷く。
カリファが受付に「クラークのダリアを呼んで頂戴。」と声を掛け、アイスバーグの横に座った。
彼らが座ったのを確認して、私も腰を下ろす。
目の前のアイスバーグに、今回どうしても確認しておきたかった事を恐る恐る口にした。
「あの……本当に、よろしいんでしょうか。試験も受けずに雇っていただいて。」
いや、まぁ。今更駄目といわれても、それはそれで困るのだが。
上目遣いで伺うと、彼はあっさりとその質問に答えた。
「いいよ。」
軽っ!
軽いなぁ。このオッサン。
「消しゴム貸して。」「いいよ。」くらい軽い。
少々面食らっていると、アイスバーグはふっと微笑んだ。
「ンマー、カリファの事は信頼しているからな。彼女の薦める人間なら間違いない。」
「恐れ入ります。」
アイスバーグの言葉にすかさずカリファが頭を下げた。
「失礼致します。」
栗色のボブカットに白いブラウス、紺色のタイトスカートを身に付けた女性がカリファの後ろから声を掛けた。
それに気付いたカリファが「あ、来たわね。」と呟く。
「ナツ。彼女が貴方の上司よ。クラーク(事務)職長のダリア。ダリア、昨日話した来月から入社するナツよ。」
「あ、よろしくお願いします!。」
ぴょん!と立ち上がり頭を下げる。
「こちらこそ、どうぞよろしく。」
ダリアの差し出した右手に自分のそれを重ねる。
「じゃあ、悪いんだけど、私たちはこれで。」
カリファとアイスバーグが時計を見ながら立ち上がった。
「はい。アイスバーグさん、お忙しい中お時間をとらせてしまって申し訳ありませんでした。」
「いや、気にするな。」
優しいボスの顔を、姿勢を正して、まっすぐに見る。
「精一杯頑張ります。これからよろしくお願いいたします!」
「ンマー、期待してるぞ。頑張りなさい。」
深く頭を下げた私の頭に、アイスバーグがポン、と手を置いたのが分かった。
彼の足が歩き出したのを確認し、顔を上げる。
「ナツ。昼食は一緒に食べましょうね。」
一瞬だけ私に顔を近づけて囁いてから、小走りでアイスバーグを追うカリファに、にっこり笑って小さく手を振る。
二人が会社を出ると、ダリアが此方を向いた。
「ナツさん。……ナツって呼ぶわね。履歴書見たら同い年だったから。私もダリアいいわ。」
「ええ!同い年?!」
断然私より年上だと思ったのに。
老けているとかではなく、あまりに私と雰囲気が違いすぎるのだ。
やはり人の上に立つ人はオーラが違う。
「行きましょうか。来月からあなたにお願いする仕事を一通り説明しておきたいの。」
「はい。」
「カリファさんとお昼を取るならそれまでに終わらせなきゃ。急ぎましょ?」
優しく笑うダリアに、少しだけ緊張が解れるのを感じながら大きく頷いた。
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