No.04
「ちょっとここでまってて。」
クザンに通された部屋は何もかも大きい部屋。
私を案内した彼は、一人どこかに行ってしまった。
壁にはやたら縦に間延びした字で「だらけきった正義」と書かれた額が掛かっている。
ああ……こりゃ、クザンの事だ。間違いない。
彼ほど“だらけきった”感じの人は見たことない。
……てことは、ここはクザンの部屋か。
大きなデスクの上には、書類が山になって雪崩を起こしている。
……大丈夫か。あのオッサン。
ほんとに偉いのかな……。
些かの不安を抱きながら、大きなソファーに座る。
フワフワとした感触が私を包み込んだ。
あ、これは楽しい。
靴を脱いで飛び跳ねたい。大人だからしないけど。
それでも、体を上下に揺らしてふわふわを密かに楽しんだ。
−コンコン
ノックの音に、ドアへ視線を向けた。
てっきりクザンが入ってくるものと思っていたのに、制服を着た女性が入ってきた。
「失礼致します。恐れ入りますが、会議室へ御移動をお願いいたします。」
「あ。は、はい!」
慌てて立ち上がり、彼女のあとへ続く。
制服の女性に促されて入った会議室には、クザンの他に2人の人が会議テーブルについていた。
大きな楕円形の会議テーブルの端には、丸いアフロのような頭に丸眼鏡、長い顎鬚を何箇所かで結んだおじさん。
クザンの向かいには、やたら姿勢が良い高齢の女性が座っていた。
「ナツと言ったね。そこへお座り。」
高齢の女性がアフロ頭のおじさんの向かい側、楕円テーブルの端の席を示した。
素直に頷いて、言われた席に腰掛ける。
目の前には沢山の本や書類、写真等が置かれていた。
「自分の置かれている状況は分かっているか。」
アフロのおじさんが私に問いかけた。
テーブルの座り位置からして、きっとこの中ではこの人が一番偉いんだろうけど、そのキテレツな格好に笑ってしまいそうで直視できない。
少しうつむき加減にクザンを見た。
「……クザン……さんから……ここが異世界だとだけ聞きました……。」
高齢の女性が、私の答えに何度か頷くと、席を立ち私の隣に座りなおした。
「ここに有るものに、目を通してくれるかい?見たことがあるものがあれば、教えておくれ。」
言われ、目の前の物をざっと見渡す。
「手にとっても?」
私の問いに「もちろん」と頷いたのを確認して、一つ一つ手に取り眺めた。
そこには、この世界の物と思われる紙幣やコイン、新聞や週刊誌、どこかの街の風景や建物の写真などが置いてあり、上の方に乗った雑誌類をどけるとその下には誰かのポスターに、どこかの島や海の地図、西部劇に出てきそうなWANTEDと書かれた手配書のようなものもあった。
全て興味深いけれど、それは全て物珍しいからで、今までの生活の中で見たことのあるものはひとつも無かった。
その中に一冊、ブルーのワンピースを着た女の子と時計を持ったウサギの表紙が目に入り、思わず手に取る。
“AliceinWonderland”茶色く変色し角がボロボロになっているその本には確かにそう書かれていた。
「……これだけ。この本だけ知っています。」
古い物語の本を手に持ち、隣に座った女性を見る。
私が、目の前の物を手に取り眺めている間も、私の顔から目を離すことのなかったその女性は、じっと私の目を見つめ頷いた。
「そうだね。間違いないらしい。この子は本物だよ。」
「そのようだな。」
女性が頷いて他の2人に向け言うと、アフロ丸眼鏡が頷いた。
彼女が私に向き直り、静かに口を開く。
「たまにね。お前さんのようなニホン人がこの世界にやってくるんだよ。その本は彼らの一人が持っていた物さ。」
「え?!私の他にも?」
「ああ、グランドラインの謎のひとつさ。そしてね、政府のトップシークレットのうちのひとつ。」
「……トップシークレット?!それは……」
「ゴホンッ!!!」
さらに突っ込んで彼女に質問をしようと身を乗り出すと、アフロ丸眼鏡が大きな咳払いをした。
「お前の荷物を見せてもらいたいのだが。」
アフロ丸眼鏡が続けて言う。
荷物って……バッグ?……なんかちょっとヤダなぁ……。
でも、ここで頑なに拒否をして怪しまれるのも避けたい。
なんせ、この場所は、ファンキーでおかしな人だらけとはいえ、海軍本部なのだ。
「……見た後、ちゃんと返してくれるのなら……。」
しぶしぶ了承し、隣の女性にバッグを渡した。
バッグを受け取った女性は、元の席に戻り、バッグから一つ一つ荷物を出し始めた。
「……これは金か?」
「ですね。日本のお金です。通貨はエンです。」
「……これは?」
「クレジットカードですね。そのカードを出せば買い物が出来るんです。支払いは銀行に預けたお金から引かれます。」
「これはなんだ?」
「携帯電話です。その電話会社がサポートしている範囲内ならそれを使って離れている人とコミュニケーションが取れます。」
「これは?」
「ホットビューラー。えっとー……睫毛をカールさせる道具。」
「これはどこの鍵?」
「私の部屋。……ってクザン!ポケットに入れないでよ!持ってても仕方ないでしょ!」
私のごく普通の持ち物が、彼らにとってはかなり珍しいらしい。
いちいち聞かれる質問に、丁寧に答えていった。
たいして物が入ってないバッグはあっという間に見終り、不審な物もないと判断されたようで、何一つ欠ける事無く返された。
「お前には、青キジの責任において我々の監視下の元、生活してもらうことになる。」
「……青キジ?」
「あ、俺のこと。」
「ああ……はい。」
アフロ丸眼鏡が話す。
海軍の監視下……?なんか少し怖いんですけど……。
それでも、おずおずと返事をすれば、アフロ丸眼鏡は満足そうに頷いた。
「何か聞きたいことはあるかい?」
女性の優しい声に少し安心を覚えながら、一番聞きたかった事を口にした。
「あの、私は、日本に戻ることは出来るのでしょうか。」
目の前の3人は、動きを止め、お互いに目を合わせ、また此方を見た。
女性が気の毒そうな顔をして首を振った。
「……あんたの前にこの世界に来たニホン人で、その後行方不明になったり、ニホンに帰ったとされる人は居ないよ。」
直前までいろんな事を考えていた頭の中が一気に真っ白になった。
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