No.50




相変わらず、エニエスロビーから発車する列車の乗客は、私一人。
いつもは伸び伸びと楽しめる列車の旅が、なんだか初めて、寂しかった。

靴を脱ぎ、ボックス型の客席の上で膝を抱える。
18の時、上京する際はこんな気持ちにはならなかったから、一度世間の荒波に揉まれた私は、きっともうあの時のように怖いもの知らずな私じゃないのだ。
新しい生活を楽しみにしている気持ちは確かだが、クザンやジャブラのように私を抱きしめてくれる人が居ないのは心細かった。


−−


ブルーステーションに降り立つと、もう空は茜色に染まっていた。

もう少し早い時間に到着する予定だったのだけど、出掛けしなにジャブラに会ったから一本列車を遅らせた。
本当は、カリファに連絡して、一緒に食事でも……と思ったのだけど。

首を反らして、空を見上げた。
……今日は、もう新しい部屋に向かおう。
まだ会ったことの無いルームメイトに挨拶をして、先に到着しているはずの荷物を整理しなければ。

改札を出て、帰宅ラッシュの人波に乗った。
沢山の人ごみに、安心する。
どうせ一人だと、碌な事を考えないから……。

ぐん!と急に腕を掴まれ、驚き、思わず息を止めた。
私の腕を捕まえた手を視線で辿っていくと、見慣れたシルクハットが目に入る。


「……ル……ッチさん……。」


腕を掴んだ正体を理解すると共に、その名前を呟くと、ようやく強張った肩の力が抜ける。
急に現れた彼の存在に不思議に思いながらも、知っている人物が現れた事で、心細さで凝り固まった心が解けていくのを感じた。


「どうしたんですか?」


首を傾げて尋ねると、彼はクイっとある方向を顎で示した。
そちらを見ると、一軒のオープンカフェが目に入った。


「……ああ、お茶を飲んで……。」


そして、私が見えたからお店から出てきてくれたのだろう。
納得しながら頷く。


「ポッポー、行くぞ。」


腹話術で言い、私の少し前を歩き出す。
慌てて彼を追いながら声を掛けた。


「え?……行くって何処に?」

「何処って家だろ?」


此方を見ずに腹話術で返す彼に、尚も疑問をぶつける。


「家って私の?」

「……誰の家に行く気だったんだっポー?」

「ルッチさん、私の家知ってるんですか?」

「……。」

「……もしかして、私を待っててくれたんですか?」


何時の列車に乗ってくるかも分からない私を……。
ルッチは私に答えを返さないまま、一瞬だけ私を見て、すぐに進行方向に目線を向けた。
私も、もう、話しかけるのはやめ、サクサク歩く長い脚に遅れを取らないように時折小走りになりながら彼に付いて行った。

−−

歩いて暫くしてから、なんとなく見覚えのある景色に私は首を捻っていた。
確かに一度この辺は歩いたことがあるから、偶然だろうと思って黙って彼に付いて来たが……。
チャプチャプと流れる水路に沿った道に出た時に確信して、歩きながら彼に声を掛けた。


「ルッチさん。」

「……なんだっポー。」

「あの、間違ってたら、ごめんなさい。……もしかして、向かっている家って私の家じゃなくてルッチさんの家じゃありませんか?」


私の質問に、ルッチは答えず、代わりに呆れたような視線を向けた。
……あれ?その視線、どういう意味?
やっぱり、向かっているのは私の家なのかなぁ?
そして、見覚えのある道をずんずん歩き、見覚えのある大きなアパートメントが目の前に現れた。


「ルッチさん!!やっぱり!!」


此処、あなたの住む建物じゃないですか!!と抗議の声を上げようとすると、彼は落ち着いた顔で建物の表札を指先でトントン、と叩く。
言葉を止めて、その表札に書かれた住所を見て固まった。
慌てて、バッグから私の新しい部屋の住所が書かれた書類を取り出す。
……そして、そこに書かれた住所を見比べて、私は本格的にフリーズした。

固まっている私の手首を掴み、ルッチが引っ張るように歩き出す。
階段を上り、一つの扉の前に立つとようやく私の手首から手を離した。
胸ポケットから鍵を取り出し、慣れた手つきで扉のロックを解除する。
扉を開け、呆然としている私の背中を押して部屋に入れ、シューズクローゼットの上に置かれたお皿に鍵を入れて此方を見た。

そして、大きく溜息をついて心から呆れた顔で私を見る。


「俺は、ずっと不思議だったんだ。……何故、ルームメイトの事を一言も聞かないのかと。」


腹話術でない声で掛けられた言葉に、私は自分の口が自然と開いていくのが分かった。
……開いた口が塞がらない。という言葉があるが、人は本気で信じられない事があると、閉じている口も、開く。

間抜けにも、ポカンと口を開けたまま、暫く目の前の彼を眺め、ようやく少し働き出した思考で震える声を紡ぎだす。


「……信じられない。」


私の声に、ルッチが意味が分からないと言う様に肩を竦め、さっさと部屋へ入っていく。
その様子を、その場から動けずに眺めていると、シルクハットを脱いで、壁のフックに掛けた彼が訝しげに此方を向いた。


「入ったらどうだ?なんでも良いが、早く片付けてくれ。お前の荷物が邪魔だ。」


「……まぁ、わざわざ変な家に住まわせるような嫌がらせはしないと思うけど、多分、あなたが思うより良い奴じゃないわよ。ルッチって男は。」



いつか聞いたカリファの声がぐわんぐわん……と頭の中に響いていた。


−第一章−END


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