No.53
「はぁあ?!なんですって?!!」
ガレーラカンパニーのカフェテリアの一番奥。
窓もない、壁に囲まれたこの席で、急に大声を出したカリファの口を慌てて押さえようと、思わず身を乗り出した。
「ちょ……ちょっとカリファ!声大きいっ……!!」
ランチタイムの混雑時にも関わらず、私たちが座るテーブルの近くには誰も座っていない。
カリファの無言の威圧により皆テーブル一つ以上空けて座っているのだ。
恐る恐る店内を振り返ると、流石に何事かと此方を伺ってくる視線を感じた。
視線を向けてくる方向にカリファが迫力の笑顔を向けると、すぐにその視線は反らされた。
それを確認し、ふぅ。と息をついて席に座りなおす。
「なんでルッチと一緒に住むことになってるのよ!」
囁き声に戻ったものの、身を乗りだし、私を睨み付けるように話す彼女は相当苛立っているのが伺えた。
「なんでって……なんででしょう……。」
返す言葉が見つからず、困ったように意味も無くスプーンでコーヒーをかき回す私に、カリファが大きく溜息を吐いた。
「だから言ったでしょう。あいつはそういう奴なのよ。いいわ、私があいつに言ってあげる。」
「え、え、いいって。大丈夫だよ。」
「大丈夫じゃないでしょう!?とにかく、一刻も早く引っ越すべきだわ。この間の不動産情報もう一度取り寄せるわね。」
「ありがとうカリファ。でも、本当に大丈夫なの。」
早口で捲し立て、システム手帳の予定欄に不動産情報を集める旨を書き加える彼女にやんわりと断りの言葉を伝える。
私の言葉に、カリファはシステム手帳から目を上げて、怪訝そうな顔で私をみた。
「どういうこと?」
「何日か暮らしてみて、全然問題が起こらないからいいかなって。会社も近いし条件もいいの。」
事実、面倒でしかないと思われた彼との共同生活は拍子抜けをするほどに快適で、全く問題なく生活できていたのだ。
信じられないと言うようにゆっくり首を振った彼女は呆れたようにもう一度溜息を吐いた。
「問題なんて大有りじゃない。男女が一緒に住んで問題ないなんてありっこないわ。」
「しかも相手はあの男!」と吐き捨てるように言った後、今度は彼女が困った顔をする番で、心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「幸か不幸か、私に女の魅力が足りてないみたいで、本当にそういう問題は皆無なのよ。」
カリファの心配を少しでも軽くさせようとわざと自虐的な事を言い、カラカラと明るく笑ってみせた。
そんな私の調子にカリファは、ふぅ。と長い息を吐き、困った顔のまま、それでも綺麗な口元に笑顔を浮かべた。
「まぁ、あなたが良いなら……。」
「ルッチさん、カリファが思うほど悪い人じゃないよ。たぶん。」
困ったように眉を下げる彼女に、「だから大丈夫。」と、なぜか私のほうが励ますみたいな形になった。
しばらく首を傾げて少し考えるようにしていたカリファだが、少し俯いてからすぐに顔を上げ、ようやく気分を落ち着けた様子でにっこり笑った。
そして眼鏡を少し上げてから、大分氷が溶けて薄まってしまったアイスコーヒーを一口飲んだ。
グラスの大きさでテーブルに出来た水溜りを爪で弾きながら、口元に笑みを浮かべたままのカリファが此方を見ずに口を開く。
「あの男の人間性は……まぁ、置いといて。あなたは魅力的よ。すごく。」
「あっはは。ありがとう。」
私がその言葉をお世辞と受け取ったのが分かったのか、少しだけ肩を竦めた。
「まぁ、あの程度の男じゃ、あなたの魅力に気づけないのかもしれないわね。」
大げさに首を振って心底呆れたような表情をみせる彼女に思わず噴き出した。
クスクスと笑う私に釣られるように笑顔を浮かべ、ふっと表情を真顔に変えた。
彼女の表情の変化に気づき顔を上げると、カリファは真剣な顔で口を開いた。
「少なくとも仕事のチームだから、身内の私がこんなこと言いたくないんだけど……。」
そこまで言って、一瞬俯いて口を閉ざし、目に力を込めて再度顔を上げた。
カリファの手がテーブルの上で私の手をぎゅっと強く握る。
「あいつは“ただの親切”でそういうことをする人間じゃないわ。何か……目的や裏があるはず。気を抜かないで、ナツ。変に思うことがあったり危険を感じることがあったら、すぐに私に相談して。」
真剣な声でそう告げられると、クザンに連れられエニエスロビーを初めて訪れた日のルッチの言葉を思い出した。
−お前は俺の前に初めて現れたニホン人だ。その能力とやらが生まれる瞬間には俺の前に居ろ。
ああ、そうだった。最初から彼の目当ては「異世界人」と「異世界人の能力」だった。
彼の親切は全て、私が能力を発動するその瞬間の為にある。
……それは、承知の上だ。
彼が私を傍に置く理由が何であろうが、かまわない。
私だって、いざという時「自分が異世界人であることを知っている唯一の人間」にフォローしてもらうつもりで、彼から離れようとしなかった。
お互い様なのだ。
「うん、わかった。ありがとう。でも、多分大丈夫。今の所ね。」
カリファの強い眼差しを笑顔を崩さないまま正面から見つめ返す。
そう。今のところ、多分、大丈夫。
少なくとも、私が、彼の目的を果たしてしまうまでは……。
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