No.54
「ナツ、その棚の資料、職長ミーティングで使うから会議室まで持って行ってくれる?」
少し前から上司になったダリアが、ペンを持ったままの手で資料の山を指し、私に声をかけた。
ダリアのペン先が向いている先を目で追ってから返事をし、席を立った。
一冊の枚数は少ないものの、1番から7番ドッグの全職長分となるとかなりの量と重さだ。
両腕で抱え、気合を入れて持ち上げる。
「ごめんね、私もそのミーティングに出るから自分で運ぼうと思ったんだけど、まだ報告書の作成が終わってなくて。」
申し訳なさそうに眉をさげるダリアに首を振ってオフィスを出ると、「ありがとお〜」と少々情けない声を背中に掛けられた。
新人は仕事で使えないうちは身体つかわないとね……っと。
よいしょと資料を抱え直し、書類と睨めっこする同僚たちの間をすり抜けた。
エレベーターの前に立ち、ボタンを押そうとして固まった。
ボタンを押すにはこの大量の資料から片手を外さなくてはならず、そんなことをしたら床にぶちまけてしまうことは明らかだった。
だからといって、これを持ったまま階段を上るのは……もっとムリだ。
せめて資料を箱に入れるかバンドで留めるかしてくればよかったと思いながら、片膝を上げ、脚とお腹の間に資料を挟みながら今にもバラけそうな資料の束からなんとか片手を外す。
絶妙なバランスを保ちながらボタンに人差し指を向けると、私の手とボタンの間に大きな手が割り込んできた。
咄嗟の事に資料を落としそうになり、慌てて両腕で抱えなおした。
カチリとエレベーターの呼び出しボタンを押した手を辿り見上げると口端に葉巻を咥えた綺麗な金髪が見えた。
「よお。」
「あ、ああ。パウリー。」
「上で良かったか?」
「うん。会議室に行きたかったから。……ありがとう。」
見上げてお礼を言うと、隣のパウリーは目線だけ此方に向け、返事の代わりにニッと笑った。
チン、と音がしてエレベーターの扉が開くと、パウリーが扉が閉まらないように押さえながら先に乗り込んだ。
その後に続こうとすると、家で仲良しの小さな姿が視界に入る。
と、同時に、ただでさえ重い両腕に更にかなりの負荷がかかった。
「はっ?!ハットリ?!ちょ、ちょ、無理無理!腕が死ぬ!退いて!今は無理!!」
抱えた資料の天辺で得意満面な表情で私を見下ろしている白い鳩に首を振る。
すぐに、腕の荷物の半分以上が天辺のハットリごと持ち上げられ、目の前の視界が拓けた。
「おいルッチ、ハットリくらいちゃんと肩にのせとけよ。」
パウリーが私の荷物を持ちながら、私の背後に呆れた目を向ける。
「ふん」と軽く鼻を鳴らす音が聞こえ、背後の人物に背中を押された。
押された勢いでつんのめりそうになり、私を押し込んだ主を軽く睨んだ。
私の視線に気づいた彼は僅かに眉を上げ、すぐに目を逸らした。
「ルッチもハットリも悪くないっポー。後ろがつかえてんのにエレベーターの前でボーっとしてる奴がわるい。ポッポー。」
此方も見ずにいつもの腹話術をする彼に少しむっとして俯くと、横から青白い煙がヒュッと此方に流れてきた。
隣を見上げると「ったく」と呆れたようにルッチとハットリを見て溜息交じりに葉巻をふかす姿があった。
ハットリを乗せていても乗せていなくても、この鳩の飼い主は意地悪な男だ。
それに比べて、パウリーはギャンブル癖さえなければ意外にも優しくて紳士的だ。
皮肉屋で子供っぽいCP9のリーダーとは大違いだわ。
なんとなく此方がムッとした事を伝えたくて、わざと満面の笑みを顔に貼り付け隣を向いた。
「流石パウリーは優しいね。格好だけのエセ紳士とは大違い。」
私がそう言った瞬間、ルッチが少し此方を睨んだのが目の端にとれて少し満足した。
「な、なんだ急に……。気持ち悪ぃな。」
急にとびきりの笑顔と感謝の言葉を向けられたパウリーだけが僅かに戸惑っていた。
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