No.56
もし今、目の前にベッドが現れたら、ここが路地の真ん中であろうとも構わず眠ってしまいそうなくらい今日は疲れていた。
鉛が括られているかのような自分の体を慮って、分かれ道で足を止めた。
「え?なんじゃ、ナツ。今日はブルーノの店に行かんのか?」
T字路の角で、カクがブルーノの店を親指で示し私に言った。
少し考えてから、やはり、と思い直し首を振る。
「うん。やっぱり今日はやめとく。今日は二人で楽しんで。」
「そうか?一人で大丈夫か?」
カクが、横に居るダリアを気にしつつも、私の帰る方向の道に目を向け言った。
「大丈夫!ここからなら近いし、街灯も……お店もまだ閉まっている時間じゃないから。」
「そうか、残念だわい……。じゃあ、次は必ずじゃ。」
「うん、必ず。」
力強く答えた私に、カクが小指を差しだし、子供の頃の約束のように軽く自分の小指を絡めた。
それに満足した彼が軽く右手を上げてブルーノズバーへ歩き出すと、その後ろをダリアが付いていった。
少し不安そうに2回ほど此方を振り返る彼女に改めて手を振る。
2人が少し遠ざかった所で、私もアパートメントの方向へ足を進めた。
月イチの職長会議の日だけ、カクとダリアは一緒に夕飯を食べる事になっているらしい。
会議は就業時間の定時を過ぎても終わらないことが多い。
そうするとただでさえ女性の少ない会社のガレーラカンパニー内で、残業している女性は唯一女性職長のダリアだけになる。
最初、フェミニストのカクが彼女に一緒に帰ろうと声を掛け、そのうち流れで夕食を食べてから帰るようになったのだと聞いた。
もともとあまり口数が多くは無いダリアだが、カクを前にすると何故かさらに口を閉ざしてしまう。
カクも、職長であるダリアに対して受付やカフェテリアの女の子のように軽い扱いはしないし、傍目ではこのコンビは楽しそうにしているとはお世辞にも見えない。
二人っきりにすると沈黙だらけになって気まずいのではないかと思い、実は無理にでも食事に付き合うべきかと考えていたのだが……。
まぁ、毎月二人で食事をしているのなら、問題ないだろう。
それにしても、ダリアがあの調子で二人何を話すのだろうか……。
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重い体を引きずりようやくアパートメントにたどり着く。
現代の日本では見ることの無い、かなりの旧式のエレベーターの柵扉を開けて乗り込み、ホッと息をつく。
このアパートメントは少し古いがエレベーターが付いているのが良い。
エニエスロビーではあの長い階段を歩いてのぼらなければいけなかったことを思い出した。
ガラガラと音を立てながら上昇するエレベーターの中でふと気づいた。
そういえば、ルッチさんも職長だ。
彼もまだ、帰ってないかもしれない。
まだ慣れない仕事での疲れで体がだるく、家に帰ってから食事を作る事を思うと憂鬱になった。
やっぱり帰るのが少々遅くなってもブルーノのお店で食事を済ませてくるべきだったか……。
パンはある……。今朝のスープ……残ってるかな……。
チン、
エレベーターがガクンという振動と共に大きな音を上げ、目的の階に着いた事を知らせた。
自動で開かないエレベーターの柵扉をガラガラと開ける。
今日は夕食は残り物で済ませてさっさと眠ってしまおう。
ため息をかみ殺しながら、鍵穴を回し、ドアを開けた。
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