No.58




「ダリア職長、こちら確認してもらえますか?」

「はい……ちょっと待って。」


必死に電卓を叩いているダリアに今しがた完成させた書類を差し出した。
切りのいいところまで電卓を叩き、紙の端に数字をメモしたダリアはようやく顔を上げ此方に笑顔を向けた。


「早いわね。……うん。ちゃんと出来ているわ。じゃあ、これを5部コピーして1番ドッグの職長さんたちに届けてくれる?」

「はい。」

「あ、あとこれ、資材の在庫表……パウリーさんに頼まれていたの。悪いけど一緒に持っていってもらえると助かる。」

「わかりました。お預かりします。」


ダリアから渡されたファイルを受け取り、丁寧に頭を下げた私をダリアがじっと見つめた。


「もっとフランクにして良いのに。」


ダリアの言葉に少し眉を下げ、小声で答えた。


「仕事中だもん、そういうわけにはいかないよ」


流石に入社したばかりの下っ端が上司に最初からフランクにするわけにはいかない。
私の答えに小さく微笑むダリアを横目に預かった資料を持ってコピー室に向かった。

−パチンッ

「1……2、3、よし、5部完成。」


コピー機横のカウンターの上で数枚の紙をトントンと揃え、ステープラーで止める。
5部あることを確認して小さく呟くと、背後の扉の無い入り口付近の壁がコツコツとノックされた音がした。


「コピー、もういい?」


青いファイルを抱えたダリアが振り返った私ににっこり笑いかけた。


「あっ、うん、もちろん。どうぞ。」


慌ててコピー機の前から横にずれ、ファイルから数枚の紙を抜き取るダリアに場所を譲った。
「ありがと。」と再度微笑むダリアがコピー機の蓋を開けながら「あ。」と何かに気づく声を上げた。
そのまま立ち去ろうとした私は、その声に足を止め少し振り向く。


「そうだわ、ナツ。私カクさんに渡すものがあったからカクさんの分は私が持っていくわ。」

「……え、あ、そう?」


今しがた作った資料を束の中から1部抜き取りダリアに渡す。
彼女はそれを両手で受け取り、少し資料の表紙を眺めた後、胸に抱えてニッコリと笑った。


「……ありがとう!」


お礼を言って嬉しそうに受け取るダリアに少し驚いた。
……この場合お礼って変じゃないか?
しかし、わざわざ指摘する事も無いかと、曖昧に笑顔を返して首を捻っただけに留めた。
「じゃあ、」とその場を後にして、残った4冊を抱えて廊下を歩く。

コツコツと鳴り響く自分の足音を聞きながらさっきのやり取りを記憶の中で反芻する。
そして、ふと、一つの考えに突き当たった。

あれ?
これはもしかして、

もしかして、

やっぱり、そういうことなのかな。
いや、確実にそういうことだろう。
で、なかったら、さっきのあのキラキラした目は一体なんだ。
普段は“クラーク部の職長”という役職を堂々と立派にこなしている彼女が、カクの前だとあんなに俯いて話も出来ず、新人の子よりもオドオドとしてしまう。

ああ、そうか。

なんだ。
そうか。

最近彼女に感じてた違和感の正体が一気に溶けて、腑に落ちた。


ジャブラの時とは違う。

この気づいてしまった感はなんだろう。
秘密にしておかなくてはいけないような気分だ。

窓から見えるキラキラ光る海が恋するダリアと重なって見えた。


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