No.62
ちょっと、いいから、無責任な噂流した奴出て来なさい。
先生、今名乗りでてきたら怒らないから。
誰も名乗り出なかったら全体責任だよ、全員残って校庭10周させるよ!
一人の為に皆が犠牲になっていいの?!
もう、埒明かない。わかった、皆目瞑って。はい、自分だって人は手上げて、今なら先生しか見て無いから。
ちょっと男子〜、正直にいいなよー。先生怒ってんじゃーん。
ってか、どう考えてもルッチの部下だろーけどな。
女子学級委員と先生役の自分を頭の隅に追いやって、目の前の状況に意識を戻す。
就業後、屋上へ続く階段の踊り場で、10人程の女性に詰め寄られ、うへあ……と自分の口元が僅かに歪んだのが分かった。
フリーズしてた船大工たちの視線を思い出し、ため息を吐く。
女性達の内、3人に至っては怒りに震え、顔を真っ赤にしながら涙を流している。
「貴女がどういうつもりか知らないけれど、ルッチさんに手を出さないのは暗黙の了解だったのよ。」
「女性と付き合うとかそういうことに興味を示さない彼に迷惑をかけないために。」
「貴女の勝手で、クールでミステリアスな彼のイメージを壊さないでよ。」
「アンタなんか、カリファさんのお友達だから、職長の皆さんは良くして下さってるだけなのよ。」
「噂じゃ、文字も読めないくらい頭が悪いって。」
「顔もスタイルも普通だし。」
「こんな子何で相手にされるのか本当にわかんない。」
「とにかく彼に近づかないでよ。」
「勝手に色目使わないで!」
「まさか、彼と変な事して無いでしょうね。」
「へ、変な事って言ったら変な事よ。付き合う男女がするような……」
「キ……キスとか!!セッ?!!そんな事口に出して言うものじゃないわ!はしたない!!」
「この島に来るまで何処でどうしてたか知らないけど、どうせ今までも色仕掛けで男を誑かしてきたんでしょう。」
「そうね。」
「そうよ。」
「そうに違いないわ。」
どうしよう。
囲まれ、詰め寄られ、罵詈雑言を浴びせられ、ピンチな状態であるはずなのに、なんだか面白くなってきた。
しかし止まない言葉の数々にいい加減うんざりとし、「あの!!」と彼女らの言葉を遮った。
ビクリとして止まる彼女達をぐるりと見渡す。
そして、口角を上げて、無理矢理笑顔を作り、大きく息を吸ってから口を開いた。
「あの、ですね。どんな噂話に尾ひれがついて耳に入ったのか知りませんけど。まず、私とルッチ職長は付き合ってなんかいませんよ?
ましてや、キスにセックス?はははっ!!!誰がルッチさんと!!あははははっ!!
……はぁ、本当に迷惑ですよ。尾ひれに背びれに胸びれが付いたその無責任な噂。誰から聞いたんですか?
いや、もう良い大人ですから色っぽい噂が立つのは構いませんけどね?
あんまり、こういう事があると……え?こういう事?だからねぇ?今みたいな状況の事ですよ。
確かに、私なんかと噂になって、ルッチさんに申し訳ない気持ちも少しはありますよ。
でも、謝りに行って、彼と一緒に噂を訂正してもいいけれど、貴女方はそれも面白く無いでしょう?
ああ、そうだ。人の噂も75日と言いますけど、貴女達の人力でその噂を訂正して回って下されば、75日よりは早くその噂もなくなるかもしれませんね?」
ほとんど息継ぎせずに笑顔で捲くし立てる私に彼女達が押されているのが見て取れた。
それでも、「な……なんで私達がアンタなんかのためにっっ!」と噛み付くように言い返してきた目の前の彼女の言葉尻を取り上げるように私も言葉を返す。
「なら!!貴女方は私にこうやって抗議をする資格はないんですよ。今後一切その手のクレームはご勘弁くださいね?
噂があろうがなかろうが、私達は実際やましい事なんかないんですから、これからも今まで通りにします。
それについて、私達がやっぱり付き合ってると勘違いされてもその勘違いをいちいち捕まえて訂正はしませんよ。面倒くさい。
貴女方が勝手に私達の噂に傷ついて不快な思いをしていらっしゃるようなので、それなら貴女達で否定して回られては?と提案したまでです。」
女性に優しくしたいのは山々だが、どうしても喧嘩腰の人には喧嘩腰で返してしまう。
余裕たっぷりにあしらえるほど、私は大人じゃない上に、ここでの立場も大きくないのだ。
目の前の彼女達がすっかり私の勢いに押されきって、ぐ……と押し黙っている。
リーダー格の彼女が、堪えていたのであろう涙を瞳いっぱいに浮かべながらフルフルと小刻みに震えている。
そして、喉の奥から絞りだすように声をだした。
「……さ……最低……。一体何様よ……アンタみたいな最低女……ル……っく、ルッチさんが相手にするはず、ないんだからっっ……!!」
言い終わったと同時、堪えきれずに大粒の雫が彼女の目からパタパタッと音を立てて、床に落ちた。
その2つの小さな水溜りを目で追って見つめる。
「……だから、言ってるじゃないですか。仰るとおり、私なんかは相手にされませんし、ご心配お掛けするようなことはありません。」
さっきより大分穏やかな口調で、諭すように、ゆっくりと言った。
床の小さな水溜りの主が俯いたまま右手で口と鼻を覆い、2・3歩後ろに下がり、一気に踵を返して階段を駆け下りていった。
周りの彼女達も駆け下りて行った彼女の後を慌てて追う。
一斉に遠ざかる足音を聞きながら、数歩ヨロヨロと後ろに下がる。
……トン、と壁に背中が付き、そのままズズズ……とずり落ちるように、ひんやりした床にお尻を付いた。
今になって、心臓がドクリドクリと煩く鳴り出した。
はーーーと長く息を吐き、肺の中の空気を出し切る。
そして、新しい空気を取り込んだときに、喉の奥がキュッと苦しくなる。
少し顔をしかめて、グーに握った右手の拳を口元に当てると、ジワリと視界が滲んだ。
彼女達を前にしても妙にクリアだと思った頭の中が急に混乱し始めた。
どうやら、自分で思っていた以上に少なからずショックだったようだ。
「……っ、ハァ。」
目を瞑り、大きく深呼吸をして、こみ上げて来る涙を逃す。
この年になって、こんな事になるなんて、思ってもいなかった。
まさか集団でこられるとは……。
日本ではノホホンと生活しすぎていて、こんな事は自分とは関係ない所で起こる噂でしか知らなかった。
「あー……そろそろ、いいか?」
急に頭上から降ってきた気まずそうな声に、心臓が跳ね上がり、勢いよく声のした方を振り向く。
開け放たれた屋上への扉の真ん中、夕闇に移り変わろうとする空を背景に、大きなシルエットと、青白い煙に霞む金色が見えた。
[*prev] [next#]
|