No.63




「パ……ウリー?……いつから?」


驚きすぎてすっかり涙なんか引っ込んでしまい、目を見開いたまま金色の主を見つめる。
奥歯で葉巻を噛み締めながら苦い顔でパウリーが階段を降りてきた。
ギィと軋むような音がしたと思えば、パウリーという支えをなくした扉がバタン、と大きな音を立てて閉じた。


「いつからってなぁ、屋上で葉巻吸ってたのは俺のほうが先だ。」

「じゃあ、最初から?」


私の問いに、パウリーがガリガリと後ろ頭を掻いた。
その困りきったような顔に思わずクスリと笑う。
パウリーは笑みを零した私を怪訝そうな顔で見下ろして、ぶわりと大きく煙を吐き、小さくなった葉巻を床に落として踏みつけた。


「大丈夫、なのかよ。」

「……うん、ご覧の通り?」


小さく首をかしげながらパウリーに返す。
すると、少し安堵したように小さく笑みを返した彼は、次の瞬間ぐしゃりと顔を歪める。


「しっ……かし!!おっかねえなぁ!女は!!」


足を大きく開きながらしゃがみ込んだ彼は、まるで本当に参っているかのように嘆いた。
片手を額に当て空を仰ぎ見たわざとらしいその様子に笑いながら「本当にねえ」と返す。
彼がしゃがんだ事で、座り込んでいる私と目線が近くなる。
笑う私の顔をしばらく見つめていた彼は、口元は笑いながらも、眉はハの字に寄った変な顔になった。
そしてポン、と私の頭に手を乗せ、グシャグシャとかき混ぜるように髪を乱す。
慌てて、頭に手をやり、滅茶苦茶に動く彼の手を止める。


「……っ、ちょ、なにすんの!」

「お前もだよ!!」


私の声を無視した彼の言葉に、は?と顔を上げる。
くくく、と少し俯いて笑った彼は、顔を上げ、もう一度言った。


「お前もおっかねえ女の一人だっつってんの。いや、お前が先頭切っておっかねえ。」

「なによ。失礼な。」


すっかり乱された髪を手櫛で整えながら、彼の言葉に唇を尖らす。
パウリーは「だってよう」と肩を竦め、


「あんな大勢で詰め寄られて、笑顔であんな毒吐けるか普通?俺は無理だね。しかも、相手は全員女。
その点、男は簡単だよな。どっちかが負けって言うまで殴り合いでもなんでもすりゃ良いんだからな。」


呆れたような嘆いたような声色で話す彼に「ああ」と頷く。


「嫌われても面倒くさい誤解は早めに解いておいた方がいいと思ったの。
だって、私を嫌いなだけなら仕事での関わりを最小限にされるだけだろうけど、色恋絡みの恨みを持たれたままじゃ仕事もプライベートも無く嫌がらせが続きかねないでしょ。」


渋い顔で話す私に釣られたように同じような表情で話を聞いていたパウリーが、ゆるく首を振りながら口を開く。

「やっぱり女って面倒臭え。」

ちょっとした八つ当たりの気分で、パウリーの膝の上に乗せられていた彼の太い腕に、握ったままだった右手の拳を投げ出した。
弱弱しく投げ出された私の拳は当然避けられる事無く、ペチ、と音を立ててパウリーの腕に当たる。
へなちょこパンチに少し笑った彼は、飛んできた腕をそのまま取り、少し力を込めて座ったままだった私を立たせた。
そして、ずっと困ったような色を滲ませていた瞳に光を取り戻し、いつものようにニカっと笑った。


「ま、飲みに行こうぜ。」


立てた親指を階段の下に向ける彼に首を振る。


「無理。今日パウリーの分まで奢れるほどお金持ってきて無いもん。」

「おいおい、俺をなんだと思ってるんだよ。これでも泣く子も黙るガレーラ1番ドッグの職長だぜ?」


両手のひらを天井に向け、肩を竦めて心外だと言わんばかりの表情を浮かべる彼に少々冷めた目を向ける。


「あとの4人の職長さんならね。……ギャンブルで擦ったんじゃなかったの?」

「ばあっか。今日は俺とお前が飲んで食う分くらいあんだよ。」


じゃあ、それを明日からの生活費や借金の返済に回しなさいよ。……とは、今日は言わない。
みっともない所を見られたんだ。今日ばかりは、彼の優しさに甘えようじゃないか。


「そっか。じゃ、行こう行こう。」


彼ににっこりと返して、歩き出す。
急にコロッと態度を変えて、リズミカルに階段を下り始めた私の後姿を、しばらく驚いた顔で見つめていたパウリーはポツリと呟きながら階段を駆け下りてきた。


「俺……お前だけは敵に回さねえようにするわ……。」


その呟きは聞こえないフリをして、横に並んだ彼に笑顔を向けた。


「ご馳走になりまっす。職長!」


苦笑いを浮かべたパウリーは、新しい葉巻を口に挟みながら、ポンポンと私の背中を2回叩いた。


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