No.64




「おまたせ。」


乾きもののナッツをつまみながらビールを飲む私たちの前に、湯気の上がる美味しそうな皿が置かれた。
シェアするための取り皿を受け取りながら相変わらず可愛いエプロンのマスターを見上げる。


「ありがとう、ブルーノ」

「ああ、そうだ。ナツちゃん、ルッチとの話、聞いたよ。」

「は?!なんでブルーノが?」


幾らなんでも耳が早すぎないか。
私が噛み付くように聞き返すとブルーノは肩を竦めた。


「へへへ、それだけルッチは有名人ってことだね。」


曖昧に笑いながらそう言って、逃げるようにカウンターの中へ去ってゆく。
その後姿を目を細めて見送りながらナッツを数粒口へ放り込んだ。
ポリポリと咀嚼しながらビールで流し込む。

目の前のパウリーが服のポケットから葉巻とシガーカッターを取り出した。
そして、テーブルの端にあった灰皿を引き寄せる。


「あ、ねえ。やってみたい、それ。」

「どれ?葉巻?吸うか?」

「違う、シガーカッター。」

「……ああ。ほら。」


日本ではあまり一般的ではなかった嗜好品を手渡される。
愛好家が居るのは知っていたが高価なそれは私の身の回りで吸っている人は居なかった。
思ったより太い葉巻を手に取り角度を変えて観察し、吸い口の部分の紙が僅かに色と素材が違う事に気付いた。
その色の違う部分にシガーカッターの刃を開き、当てる。


「これくらい?」

「もうちょっと……ここのラインの内側。ああ、それ位だな。そんで、キャップの端っこ指で押さえながら、バチンと。」


灰皿の上で、手元をパウリーに見てもらいながら動かす。
言われたところで、ぐっと力を込め、バチッと音を立てて葉巻のキャップを切った。
真っ直ぐにカットされた切り口に満足し、持ち主に戻す。
私の渡した葉巻を口に咥えたパウリーは先端にライターの火を当て、ブワブワと吸いながら葉巻の先を満遍なく焦がす。
全体に火が行き渡ったところでライターをテーブルの上に置き、味わうようにゆっくりと吸って長い煙を吐いた。


「まあ、ぶっちゃけるけど、今回の事が無かったら、俺はルッチとお前はデキてんだろうなって思ってた。」

「!!……ぶっ……げほげほっっ。」

「きったねえな。大丈夫かよ。」


唐突なパウリーの告白に、まさに飲み込もうとしていた料理を噴き出しそうになり、慌てて口を手で押さえる。
手で押さえながらしばらくゲホゲホと咽かえり、目から涙がこぼれた。
なんとか落ち着いたところで、ビールで流し、はぁ、と息をつく。


「びっくりした、何いきなり。」

「いや、だって、本当の事だし。」

「意味わかんない。なんで?いつからそう思ってたの?」

「……なんで、いつから……あー……なーんでだったっけなあー。」


考えるように一瞬空を仰いだパウリーは、葉巻を指で挟んだままビールのグラスを持とうとして、少しグラスを持ち上げたところですぐに置き、代わりにその横にあったシガーカッターを取り上げた。
そして、そのカッターを持ち上げ、しげしげと眺めた後、シガーカッターを私に見せつけるように手を突き出す。


「思い出したぜ。俺は、最初っからお前らなんかあるって思ってたんだ。」

「……最初?」


突き出されたシガーカッターに何かあるのかと私もそれを注意深く見つめながら、問い返す。
私の問いにうんうんと頷きながら彼は話を進めた。


「ああ、最初だ。お前がこの島に越してくる前、ガレーラに入社する前だ。俺たち一回会ってるだろ?この店で。」


この店、とテーブルを人差し指で指し示す彼に、そういえば、と頷き返す。


「その時な。カリファの友人だという割には、カリファよりルッチとの方が親しそうに見えたんだよ、俺には。」

「……な、なんで。」

「あー、確か、そうそう。アレ?何の話で言ったんだっけな。……あー、服だ服。あの時お前が着てた服が、いつものお前らしくない……とか珍しいとか?そんな事をルッチが言ったんだよな。まずアレで、ん?って思ったんだよ。だって、あいつが女の服になんて興味もつわけねえだろ?普通。」

「……へえ。」


想像以上に鋭いパウリーに少し驚き、動揺する。
今の話で段々あの時の事を思い出してきた。
床に落ちたシガーカッターを拾った時、CP9ではない目の前の彼に余計な事をいうな、とルッチさんに釘を刺された事も。


「で、まぁ、色々あれ?って思うことがあったんだけど、まあ、そもそもの話、あいつが仕事仲間でもねえ女と仲良くつるむってのが一番おかしいだろ。」

「別に仲良くつるんでるわけでは……。」

「ばかいえ、相当仲いいだろ。ルッチの愛想の無さをナメんじゃねえぞ。男相手でもこうはいかねえからな?普通。」

「カクだって、パウリーだって仲いいじゃん。」

「俺らは、同僚で、仲間で、チームなんだよ!それでこんなもんだ。特別仲良いってわけでもねえし。
……まぁ、お前らがデキてるわけじゃねえらしいのは分かったけど、何かはあるんだろ?」


彼の言う“何か”の心当たりが多すぎて困る。
私の答えを待っているパウリーの顔は、話をすり替えたり有耶無耶には出来る感じではなかった。
話すなら……今後ボロが出ないように嘘は言いたくない。
そしてルッチがCP9である事や私がニホン人ではないことを知られないようにするには……考えろ……私。
頭の中で色んな情報を総動員する。


「……た、確かに……ルッチさんとは前からの知り合いだったんだよね。」

「だろうな。なんでカリファの友達なんて嘘ついたんだ?」

「嘘じゃないよ、カリファの友達。ルッチさんとも知り合いだっただけで。」

「ふーん。……しっかし、わかんねえな。お前とあいつの接点が想像つかねえんだよ。いったい、どういう関係なんだ?」


来た。
ゴクリと唾を飲み込み、流れとしては至極真っ当な疑問を心底不思議そうに投げかける彼に苦笑を返す。


「それは……。なんていうかな。」


考えろ、考えろ、


「この年でこういうのも変かも知れないんだけど、私にも保護者のようなものが居るわけよ。」

「……親じゃなくて?」

「そう、親じゃなくて。私には親がいないからね。」

「……悪ぃ。」


こちらこそ、ごめん、パウリー。本当は、この世界には。という注意書きが入ります。
しまった、と言うように謝罪を口にした彼にイヤイヤと首を振る。


「で、その保護者、表向きは面倒だから叔父と言っているんだけど、その人がルッチさんの知り合いだったの。」

「……なるほどな。仕事での知り合いか?」

「たぶん、そうじゃないかな。それかその繋がりで知り合ったか。パウリーもガレーラに居て、何人か知り合いが出来たと思うよ。海軍に。」

「海兵か?うちの会社で船を造ったことがあるなら……じゃあ、俺も知ってる人かもな。」

「……かもね。でも……だからこそ、名前や階級は勘弁して。」

「ああ、悪ぃ。そこまでは聞かねえよ。」

「まあ、そういうわけで、私の環境は色々あって、保護者の知り合いで私に年の近いルッチさんと話すようになった、って感じかなあ?」

「話し?!話題なんてあるのか?あいつに?!」


そ、そんなにおどろかなくても……たしかに少ないけどさ。


「まあ、ハットリが居るし、なんとか間は持つよ。」

「あ、ああ。ハットリな。……しかし、ルッチの奴なんだって黙って。」

「……それこそ、私みたいなのと知り合ったってペラペラ言いふらすタイプに見える?」


まあ、苦しくはあったがなんとかごまかしたと思う。
もう、大丈夫だろう、冷めかかったウインナーを小皿に取り、かぶりつく。
目の前の灰皿にまだ長さのある葉巻が置かれたのが視界に入った。


「…………ああ……そういうことか。」

「そうそう。だから、元々の知り合いって黙ってたのは悪かったけど他意はなくて……。」


ポツリと呟いた彼の声に同調しながら彼の顔を見る。
しかし、目の前の彼の視線は私の横を通り過ぎて少し先を見ているようだった。


「……パウリー?聞いてる?話。」


怪訝な顔で問いかけるも返ってこない返事に、彼の視線を追って振り向く。


−ここはワシの奢りじゃ
−いいって言ってるじゃろ、ここは男を立てて格好つけさせるもんじゃ。
−よしよし、いい子じゃ。ブルーノ、それでいくらじゃ?
−はははっ悪かった悪かった。たしかにお前さんはワシより年上じゃ。
−いい子は、なかったのう。いい女じゃ。これでいいか?ははっ。それはそれで照れるんじゃな。


−のう、ダリア


ああ、あの二人か。奥の席に居たんだろうか。店に入った時気付かなかった。
なんだ、やっぱり二人でも会話は弾むんじゃないか。
良かった。ダリア、嬉しそう。
微笑ましく思って視線を戻すと、テーブルを挟んだ先に居る彼の瞳は、覗き込んでも目の前の私など映していない。

その瞳に映るのは嫉妬、羨望、憧憬、そして絶望。
その瞳を見ただけで、一瞬で悟ってしまう。

ああ、今日は、なんて日だ。

かける言葉も見つからず、もうこの店から出て行ってしまったものを映し続ける瞳を見つめる。
無言で待ち続けていると、はっ、と彼の目に意識が戻ってきたのがわかり、私に笑顔を向ける。


「おい、食えよ。今日は俺の奢りだぜ?なんだよ全然食ってねえじゃねえか。ビールは?あ、お前あんまり飲めねえんだっけ、仕方ねえな。ジュースでも頼め。」


急に賑やかに喋りながら、私の皿に料理を積み上げ、自分でもばくばく食べ始めた彼に、何も見てない、気付いてない振りをして明るく返す。


「言ったね?私は今日ほんとにお金もってないからね?よーし、たべるぞー!ヘイ!マスター!こちらの男前職長にビールのお代わり!私はオレンジジュースのロックで!」


彼の心が私の中に流れてくるようだ。
……胸が、痛い。

灰皿に置かれた葉巻は、そのまま灰になり、彼の口にもう一度咥えられる事はなかった。


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