No.65-side:GALLEY-LA




いわゆる、世間が就進学の時期じゃなく、すごく中途半端な時期に一人の女の子が私の部下になった。

社長秘書のカリファさんのお友達であるという彼女は、入社希望者が後を絶たないこの会社にあまりに簡単に入社をした。
私自身、その数ヶ月前に職長になったばかりで、私が職長になってから初めて迎える新入社員でもあった。
どんな子だろう。
類は友を呼ぶと言う位だから、カリファさんに雰囲気の似ている人だろうか。
カリファさんは年下ながら尊敬できる女性で、しかし、少し苦手でもあった。
もし、新入社員がカリファさんのような人だったら、私は上司として上手く使う事ができるだろうか。
社長とカリファさんから話を聞いてから、不安で、悩んで、一回は断ろうとも本気で考えていた。

ナツに初めて会って、それは杞憂に終わったんだけど。


彼女は、凄く一生懸命仕事をする人だった。
仕事のプロットを組み立て要領よくこなし、計算も早くかなり正確で、設計図から必要な資材を読み取り書き出すのも早かった。
ただ、何故か簡単な専門用語の単語が分からなくて詰まったり、不思議なところでバランスの悪い感じがあったけれど、それも1度教えれば2度聞くことはなかった。
最初こそ、伝票の整理やコピー取り、電話番をしていた彼女だけれど、すぐに他の人達と同じレベルで仕事をするようになった。

彼女は、誰にでも、分け隔てなく接する人だった。
私にも、同僚達にも、船大工の職長達にも。
だからといって不躾なわけではない。
どんな相手でも自然に打ち解けるのは、きっと彼女の人となりの成せる技なんだと思う。
それに引き換え私は……。

自分が職長になって、初めて船大工の職長さんたちとまともに口を利いた位だ。
ルルさんは、見た目は怖いけど、話してみるととても紳士的でやさしい。
タイルストンさんは、良い人だけど、声が大きくて少し怖い。
パウリーさんは、あまり近くまで寄らなければ普通に話してくれる。
ルッチさんは、仕事上最低限の会話はあるけど、あとは基本無視される。私も怖いので最低限しか接しない。
カクさんは……優しくて、気遣ってくれて、いつも空気を和らげようと話の合間に冗談を交えてくれる人。
勘違いしそうになるけど、見かける度に、いつも違う女の子を連れていて、その度に舞い上がっていた頭に冷水を浴びせられた気分になった。
苦手な、人。

ナツは、そんな彼らとも、笑い、冗談を言い、口喧嘩をする。
パウリーさんが手の届く範囲に女性を入れるなど。
どんな誘いにも乗らないと有名なルッチさんと並んで歩く女性が現れるなど。
カクさんが女性相手に、浮ついた口説き文句ではなく男友達のような軽口を叩く様子など。
誰が想像しただろうか。

私は、彼女が大好きで、凄く  羨ましかった。

だから、ある日の職長会議の後、私とカクさんと残業していたナツで、ブルーノズバーに行くことになった時、
ナツがやっぱり行くのをやめると言い出して、そこまでの道中話が弾んでいたのはナツが居たおかげだったので
急にカクさんと2人きりになるのが少し不安であったけど、別れ際にカクさんと小指を絡ませたナツに、もう嫉妬しなくてすむと安堵し、そして少しの優越感を感じていた。
そして、そう思った自分のあまりに身勝手な思考に愕然とし、自己嫌悪に陥った。

だから、自分で動こうと思ったのだ。
人を羨んで、妬んで、諦めてるばかりじゃなくて。

職長さんに資料を渡すお使いをナツに頼んだ後、咄嗟にカクさんの分は自分で行くと呼び止めてしまった。
1部だけ手元に残った資料を見て、これを理由に彼に会えることが嬉しくて、小さいけど行動を起こした自分が嬉しかった。
でも、1番ドッグに向かうたびに、ドキドキが大きくなって、やっぱりナツに行ってもらえば良かったと、後悔が大きくなる。
やっぱり、出直そう、と1番ドッグへの出入口で立ち止まると、周りの人たちが俄かにざわつき始めた。


「みろよ……アレ。」「マジで?信じらんねぇ。」「……え?どういう関係?」「うそ!ルッチさんが?!」「相手誰?よく見えない。」


何事かと、ルッチさんがいつも座っている資材置き場に顔を向けると、そこに居たのは良く知るシルエット。
積まれた木材の上に座るルッチさんがナツに向けて手を差し出し、彼女は躊躇うことなくその手を取り、彼の横に座る。
その後も楽しそうに話をする彼らを信じられない気持ちで見つめる。
私の周りにいた人たちも同じ気持ちだったようだ。
だって、ルッチさんという人は、どんな女性の呼び出しにも応じる事は決してなく、待ち伏せても絶対に姿を見せず、それでもなんとか彼にアプローチを仕掛けたとしても、見えていないか存在して無いかのように無視される。と、いうのは有名な話だ。

今まで彼がまともに口を利く女性は、社長秘書であるカリファさんだけで、それでも仕事という枠を逸脱する事は無い。
彼女が彼の特別なのか、と思うには十分な光景で、白い鳩が二人の頭上を舞うのがまるで二人を祝福しているかの様に見えた。

視線を落とし、手元のファイルに挟まれたカクさんへの資料を見つめる。
目線を上げると、私とは違う黒髪がサラサラと揺れながらこちらへ向かってくるのが見えた。
女性では高めの身長が、細く華奢なスタイルが、パンツスーツの彼女を却って女らしく見せ、屈強な船大工達の中で際立たせていた。
彼女がこちらに到着する前に、ドッグ内を見渡す。
そして、船のすぐ下に帽子を被った目的の人物を見つけた。

小さく深呼吸をして顔を上げる。
出入口の向こう側にナツが入ってくるのを視界の端に捕らえ、私は跳ねるように駆け出した。


「カク、さんっ!」


駆け寄った私に気づいた彼は、円らな瞳を少しだけ細め、口を大きく半月型に変えた。


「おお、ダリア。待っておったぞ。さっきな、ワシだけ資料が貰えなかったんじゃ。」


すねる様に一瞬口を尖らせて見せて、そしてすぐにワハハと自分で笑う。
私も釣られて笑顔になりながら、手元のファイルから資料を抜き出して渡した。


「ごめんなさい、遅くなって。はいどうぞ。」

「おお、悪いな。……で?」


少しの間の後に、再度こちらに差し出された手の平に困惑した。
……で?他に何かあっただろうか?
困っていると、カクさんも少し困ったような表情をみせた。


「あれ?おかしいのう?ワシに他に何か渡すものがあるらしいって、ナツが言っておったんじゃが。」


彼の言葉で、あ、と固まる。
行き場をなくした手の平をグーパーと開いたり閉じたりしながら首を傾げる彼に、焦りから鼓動が早く鳴りはじめた。
どうしよう。咄嗟に他に渡すのがあるから、と言いながら、その実何も考えていなかった。
頭の中がぐるぐるとパニックになりながら、何か無いかとポケットを探る。
そこにはハンカチと、何かあったときにすぐ書き留める用のメモ用紙しか入ってなくて。

メモ用紙……。

思いついた瞬間、震えだした手で、メモ用紙を取り出す。
ジャケットの胸ポケットからボールペンを抜き取り、震える指でそこに数字を書いた。
ずいぶん、不恰好な数字が並んだメモを1枚抜き取り、彼の顔を見る勇気なんかないままそれを差し出した。


「これ……?」


カクが小さく呟いた問いに、心臓が大きく跳ね上がった。

静まれ、頑張れ、私の心臓。


「あの……わ、わた、私の、で、電伝虫のっ……番号ですっ……。」


最初は裏返って、最後は尻つぼみになった情けない自分の声に顔が熱くなり泣きたくなる。
震えが止まらない指先から、薄い紙が抜き取られた感触がし、地面で固定してた視線を少しあげた。


「いいのか?ワシがもらって。」


震えが止まらない手を、もう片方の手で押さえつけるように握りながら、コクンと首を振る。


「じゃあ早速、今日の帰り一緒に飲みに行かんか?」


聞き間違いじゃないかと、思わず顔を上げて、彼を見た。
優しい笑顔の彼は、私と目が合うとニィと口角を吊り上げる。


「約束じゃ。今日は残業しちゃいかんぞ。帰り、待ってるからな。」


そして、子どもの約束のように、差し出された長い小指に自分のそれを絡ませる。


あの時、あの子になりたいと、痛いほど嫉妬し羨んだ事を今、私がしている。


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