No.66-side:GALLEY-LA
彼と、酒場へ飲みに行くのは初めてではなかったけど、ある意味初めて行った日より緊張した。
仕事が終わるまでの間に、何度も耳に入ってきたナツとルッチさんの噂。
1番ドッグで見た光景を思い出しながらも、部下で大事な友人の事なのに、その話に耳を貸す余裕など私にはなかった。
やたら熱い頬と煩い胸を持て余しながら、カクさんと並んでブルーノズバーへ向かう。
彼はいつもと変わらない様子で、冗談交じりで楽しく話す。
お店へ入ると、いつもの入り口付近の席ではなく、奥の目立たない席にエスコートされた。
変わってないようで、変わっている、小さな変化。
それに一々、ドキドキと反応する自分の心臓にいい加減疲れてきた。
店に入ってしばらくしてから、入り口に良く知る顔が見えた。
パウリー職長に背中を押されるように入ってきたのは、今日何かと名前を耳にする友人の顔で。
あ、と思わず入り口を見つめてしまったのを気づかれたのだろう、カクさんが私の視線を追って振り返ろうとした。
それを阻むように慌てて話題を探して口を開く。
それは捻り出した話題としては退屈な、ランチタイムの話。
それでもカクさんはちゃんと話を拾って膨らませてくれて、明日から一緒に昼食を食べる事になった。
お会計の時も、カクさんにナツ達が見えないように、さりげなく隠すように移動してしまう。
だって、今彼があの二人に気づいちゃったら、きっと今日私達が二人で居る時間は終わってしまう。
私の心配を余所に、カクさんはナツ達に気づくことなく、私達は店を出た。
帰り道、チャプチャプと音を立てながら流れる水路の横を二人で歩く。
時折吹く風が、少しのアルコールで熱くなった頬を冷ましてくれていた。
街灯が途切れ、少し怖いくらいの闇に包まれたところでカクさんが口を開いた。
「ダリアは何歳じゃったかな。」
「……24歳です。」
「そうかぁ。あ、パウリーと一緒じゃな。」
「そうですね、ナツとも一緒です。」
「そうじゃそうじゃ、ナツも一緒じゃな。その世代楽しくて良いのう。」
ナツの名前を出した事を小さく後悔しながら“世代”という言葉に少し傷つく。
「ワシより、年上なんじゃなあ……。」
なんだろう。やっぱり若い子が好きって話だろうか。
彼の呟きにどう返して良いものか思案するも浮かばず沈黙する。
「ワシも“ダリアさん”って言った方がいいじゃろうか?」
「えっ。」
今更な提案に思わず顔を上げて、慌てて首を横に振る。
そんな、せっかく仲良くなってきたと思ったのに……。
「い、いえ、ダリア……で。呼び捨てで良いです。」
「でも、ワシが呼び捨てで、ダリアが“カクさん”は、変じゃろう?」
困ったように眉を下げる彼に、こちらも困ってしまう。
「ああ、そうじゃ。ワシが“ダリアさん”なんて呼ぶより、ダリアがワシを呼び捨てにした方が簡単じゃな。」
左手の手の平にポン、と軽く握った右手を乗せ、さも良い事を思いついたという顔で彼がこちらを見る。
思わず立ち止まって彼の顔を見つめる私に、彼も足を止める。
「そう思わんか?ワシらは、上司部下でもない、職長同士対等じゃ。」
「……。」
答えない私に彼は私と向き合うように立ち、両手を私の肩に乗せた。
「ほら、“カク”じゃ。言ってみろ。……これから“カクさん”って言っても返事せんからな。」
私が彼の名を呼ぶのを促すように、私の顔を覗き込んでくる。
「……ほら。呼んでみろ。」
「っ……。」
「…………ダリア。」
「……。」
覗き込んでいる顔が、鼻先がついてしまうそうな位置まで近づき、声の出し方など忘れてしまった。
声の出せない現実の自分の代わりに、どうしようどうしようどうしよう。と頭の中には叫んでいる自分で一杯だ。
「ダリア……早く。」
近い位置で促され、石が詰まってしまったような喉からようやく声を絞り出した。
「…………カク。」
瞬間、ごちゃごちゃとパニックになっていた私の頭は、綺麗に真っ白になった。
これ以上無いほど近づいたカクの顔を、私は目も閉じずに瞬きもせずに見つめていた。
ただ、触れただけのキスは、きっとほんの少しの時間だったけど、永遠のように感じた。
[*prev] [next#]
|