No.67




「ンマー。ナツ、ルッチとくっついたんだってな。」

「社長まで、勘弁してくださ」「社長、セクハラです。」


私が言い終わる前に、カリファの声が被った。

私に対しての悪意ある呼び出しはあれっきり無いし、特別いやがらせ的なものもない。
出勤時、皆に笑顔で挨拶する受付嬢が私に対して無表情だったり、カフェテリアで私に注文をとりに来る女の子が古参のオバサンになった事くらいの変化だ。
しかし“ルッチと付き合っている”という噂は消えていない。
どうやら特別私と接点が無い社員ほど、その話を鵜呑みにしているようだった。
ちなみに、アイスバーグのコレは、冗談で私をからかっているだけだ。


「ンマー、いいじゃないか。意外な組み合わせだがっグハァ……っ!!!」

「セクハラです、社長。」


同じセリフを倒置法で繰り返したカリファは、容赦なく美しい脚を目に見えぬほどの速さでアイスバーグの腹部に叩きつけた。
ガレーラの社長であり、W7の市長であったはずだ。彼は。
見るからにやりすぎな事態に慄き固まっていると、カリファが流れるような仕草で眼鏡を上げ、私の顔を見た。


「不快だわ。あんな男が貴女とどうにかなるはずは無いのに。」

「いや、仲良い人は分かってくれてるから私は全然気にしてないんだけど。」


ヨロリ……と上体を起こしている我が社のボスをハラハラと見守りながらカリファに返す。


「カリファ以外にもそこまで気を使わなければいけない時代が来たか……。」

「社長、私は気にしてませんので。」


あっという間に姿勢良く持ち直したアイスバーグに安堵し、同時に流石だ、と感心する。
カリファを秘書に置いておくにはこれくらい打たれ強くなければやっていけないのだろう。
そしてそれを差し引いても、出来る女なのだな。カリファは。


「はっ!社長、ホテル・ノースシーパシフィックのザンパ氏との会合の時間が……。お急ぎください。」

「やだ。会いたくない。」

「では、こちらはキャンセルを。ナツ、じゃあ失礼するわね。また連絡するわ。」

「ンマー、じゃあな。」

「こちら、今夜の市議会での来年度予算案です。移動中にご確認を。」


カリファがチラリと腕時計を見たのを皮切に二人はあっという間にビジネスモードに戻り、私に片手を上げ、早足で去っていった。
忙しい二人に頭を下げ見送り、目的地へ向かおうと踵を返す。

カリファとパウリーはもちろん、どうやらカクもダリアも噂は噂でしかないと思っているらしかった。
当然カクに関しては、思いっきり妄想込みでからかわれたのだが。
幸い、女性の多い事務室の同僚達もルッチラブな人は居なかったようで今までと変わらない優しい態度で安心した。
一番顔を合わせるのが躊躇われた噂の当事者であるルッチに至っては、噂そのものを知らないんじゃないかと思うくらい何時も通りで。
しかし、仮に知らなかったとして、どんな顔でルッチにその話を切り出せばいいというのだ。

“ルッチさん、噂の件ですけど……、いえあの、私と貴方が付き合っているとかいないとか……”
“ルッチさーん!きいたー?例の噂!マジウケるー!”
“ごめんない!うっかり私達が付き合ってるって噂になっちゃいました!”
“貴方と噂になっている女性が居ます、それは私です。”


ないないないないない。どれもないわ。
どれを選択しても気まずい事この上ないではないか。
しかも、なんだか少し自意識過剰な香り漂うのは気のせいか。

パウリーと飲んでからの帰り(ホントに奢ってくれた!)、彼に顔を合わせると思うとアパートメントが近づく毎に足取りが重くなり、エレベーターで部屋のある階に着いた後も、しばらく玄関の扉の前でウロウロしていた。
当然、曲者の気配に敏感なCP9のリーダーは玄関前でモタモタしている私などお見通しで、玄関前で15分経った頃、内側から急に扉を開けられた。
あからさまにビビる私に「うっとうしい。早く入れ酔っ払い。」と至極迷惑そうな声をかけてきた彼は、恐る恐る部屋に入ってからも態度が何か変わっていることはなく、必要以上に構えていた私はひどく拍子抜けしたのだった。

と、言うわけで当事者のルッチとはこの件に関して一切会話を交わしていない。
そうだ、知らないのなら知らないで良いじゃないか。
私はこの件に関して、ルッチに対しても100%開き直る事に決めた。
例の彼女達に言ったとおり、噂があろうとなかろうと私達はそれに左右される事は無い。
あちらに何か不都合が起きれば私に直接言ってくるだろう。

それより……、


歩きながら、エントランスから建物の外に出る。
相変わらず元気に照り付けてくる太陽に目を細めながら建物の上を見上げた。
屋上の柵に両手を預けて薄く白い煙を吐いている影を見つける。
煙の主は、一定のリズムでモクモクと煙を吐きながら一点を見つめているようだった。
それは目線を地上に降ろせば、私の視界にも入ってくる。


中庭のシンボルツリーの下。
こちらに背を向けたベンチに、線の細い男性と綺麗な栗色の髪の女性が並んで座っている。

最近、ダリアの手荷物に大きいお弁当がひとつ追加された。
二人で並んで、食べる昼食。
いつもの賑やかなカクからは想像つかないほどの穏やかな空気が漂う。


おおっぴらにニュースとなった私とルッチの噂の裏で、ひっそりとささやかに話題に上る。


「カク職長、もう遊んでくれないらしいよ。」

「誰とも?」

「うん。」

「……え、じゃあ。」


「カク職長と、ダリア職長、やっとくっついたんだね。」


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